10

 アデレードは寝台に上がった。
 トゥーリの帰ってきた喜びとこれから起こることへの、期待とも不安ともつかない気持ちがあった。何度も溜息が出た。
 重い樫の扉がかたりと開いた。
 緊張感が忽ちに頂点に達した。上掛けを引き寄せ、身体を向こうに向けた。

 寝台の上に、彼女の形に膨らみがある。頭まで上掛けを掛けているのを見て、彼は微笑んだ。少しだけ捲って、寝台に上がった。
 彼女を自分の方に向けた。青い瞳がきらりと光り、彼を見つめている。いつものように抱き締めて、口づけした。
 彼が腰を抱き寄せた時、彼女の手に固いものが当たった。
 それが何か、彼女は直ぐに思い当った。慌てて手を引っ込めた。血が上り、醒めやらない。
“トゥーリのは……貧相ではないわ。かといって、あんた人間? と思うようでもない。いい感じ。心配しないで。”
 あからさまなことをヴィクトアールは教えた。その時、二人で含み笑いを漏らし合ったのも覚えている。
(どんなのだろうと思ったじゃない! 今だって……)
 気を確かに持とうと思ったが、益々動揺した。
 彼はじっと見つめている。
 彼女は照れくさくなり、胸に頭をつけた。小さく笑う声が聞こえた。
 彼はそっと手を取り
「触って……」
と囁いた。
「え?」
 彼女は思ったことを悟られたのかと焦り、躊躇した。
 構わず、彼は寝衣の下へ手を誘った。
 熱い塊が手に触った。彼女がヴィクトアールの話から想像したのとは違っていた。
 彼女がおずおず撫でると、彼はほうっと息をついた。
「気持ちいいの?」
 照れ隠しが出たが、直後に訊いてはいけなかったと慌てて口を噤んだ。
 彼女は、気づかないふりを期待したが、彼は
「うん。もっと。」
と言う。
 撫でながら、表情をこっそり窺った。目が合った。彼は軽く微笑んで目を閉じた。快楽の色が浮かんでいた。
 遠慮がちに握ると、溜息とも何ともつかない声を漏らす。
(美しいアナトゥールが、こんな風に快楽に顔を歪めるの……)
 もっと見たいと思った。
 見ているうちに、彼女も身の内が熱くなってきた。

 彼は身を起こし、彼女の肩を柔らかく押した。
(もう、そうするの? 話では……)
 彼女は訝しく思って、彼が何をするのか待った。
 彼は口づけして
「上手だよ。」
と囁き、耳朶を軽く噛んだ。首筋に口づけを繰り返し、舌を這わせる。
 彼が何か囁く度、何かする度に、内側から震えるような何かが湧き上がってくる。彼女は、これが快楽なのだと気づいた。
 彼は乱れ始めた彼女の寝衣を開いた。
(全部脱がせるって……それはまずい。)
 薄い胸は見られたくないと、彼女は慌てて隠そうとした。
 彼は手首を捕らえ、寝台に押し付けた。
 滑らかな白い裸の胸が露わになった。
 彼は嬉しくなり、くぐもった笑い声を漏らした。
 がっかりしている風でも嘲る風でもないのは、彼女にも解った。だが、一癖ある彼のことだ。
(何? 今、意地悪なことを言われたら、立ち直れない……)
 彼女は身構えたが、彼は
「思った通り……。でも綺麗な形。」
と言って、乳房に唇を寄せた。
 その仕草は、赤ん坊を思わせた。
 必ずしも赤子の動作ではなかったが彼女は愛しく思え、彼の頭を抱き締め、黒い髪に指を絡めた。
 そして、知らず知らず甘い声を漏らしていた。

 乳房を撫でられ、口づけが繰り返された。彼女の脚から力が抜けた。
 彼が左手を差し入れると、彼女は驚いて脚を閉じた。ゆっくりと宥めるように脚を撫でると、彼女は力を抜いた。
「もう潤んでいる。」
 彼女は弾けそうな鼓動を抑え、唇を噛んだ。
 彼の手は更に奥に触れた。そこには、ひどく敏感な部分があった。
 彼女は息を飲み、脚に力を入れた。
「駄目。」
 むしろ逆なことを彼女は思っていたが、咄嗟に出たのはそれだった。
「駄目? そうじゃないだろう? 駄目って言いたい時は“いい、もっと”って。」
 見透かされていると悟ったが、すぐそうは言えなかった。
 彼女は熱い顔を胸に埋めた。彼は頭を抱き寄せたまま
「ほら、どんどん濡れてくる。」
と囁いては、敏感な部分を弄った。
「……いい、もっと。」
 言ってしまうと、頭の中が真っ白になった。己の声が遠くに聞こえた。

 彼は上掛けを取り去り、彼女の寝衣を取り払った。脚を割っても、彼女は抗わなかった。
 月明かりが差している。彼は脚の間を見つめた。
「お前のここ、綺麗だ。」
 そして、顔を埋めた。
 彼女は驚き
「そんなこと! 駄目。」
と言った。
 そう言いながらも、脚を閉じようとしない。彼は小さく笑い、敏感な部分を舐め上げた。
「駄目じゃないだろう? 何て言うんだったかな?」
「いい、もっと……」
「そう。……その甘い声、もっと聞かせて。」
 湿った音がした。恥ずかしかったが、望んでいた。
「もっと。いい、もっと。」
 彼は可愛い要求にたっぷりと応えた。

 彼は彼女を見下ろした。頬を薔薇色に染め、瞳を熱っぽく潤ませている。
「愛している。」
 彼女は恍惚と見上げた。きらきらと輝く緑色の瞳が見つめている。
 彼は切ない溜息をつき、彼女の脚の間に身を進めた。
 彼女は途端の鋭い痛みを感じ、はっと息を詰めた。
「……止めて、痛い。」
 肩を押しやったが、彼は
「止めない。」
と言う。
「いや、いや、止めて。」
「それは奥方になった痛みなんだよ。止めない。」
 彼女は身体を固くした。余計に痛みを感じた。
 彼が少し動いただけでも痛い気がした。“いい感じ”などとは、全く思えなかった。
「痛い……」
と訴えた。
 彼は髪を撫で、頬に口づけし宥めた。そして
「ごめん、アデレード。」
と言った。
 彼女には唐突な言葉だった。だが、彼は身体を退けない。止めるつもりはなさそうだ。彼女は問いかける目を向けた。
「お前は痛いんだけど……俺は気持ちいいんだ。ごめんね。」
 彼はそう言って、くすりと笑った。
 彼女も少し笑った。力が抜けた。
 やはり痛みはあったが、和らいできていた。
「痛いの。アナトゥール、ゆっくりして……」
 声に甘さが滲んだ。

 熱い吐息と甘い声。月明かりと優しい夜風の中で、やっと二人は結ばれた。

「ねえ。こうすると、すぐ赤ちゃんができるの?」
 彼女は裸の胸に頭をもたげて訊いた。彼は苦笑し
「すぐ……でもないかもなあ。」
と答えた。
「私、早くアナトゥールの赤ちゃんが欲しい。もっとして。」
 本当はすぐに赤ん坊が欲しいわけではなかった。
 彼女は悟られないように言えたと思ったが、彼はくすくす笑って
「ご好評だったみたいだな。これからも教え甲斐がある。」
と言い、また彼女を寝台に押し付けた。

 あの細やかな婚礼から半年になろうとしていた。ようやく結婚が完成したのだ。



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