3.

 王女のブロドウェンは、エティエンヌの噂を耳にし、その人となりを事細かに尋ねた。
 彼女は父王の小姓を通じて、彼にたびたび訪問を請うた。
“どうぞ、遊びにいらしてください。親しくお話がしたいと思います。”
 彼は丁重に断ったが、彼女は諦めない。
“未だお訪ねになってくださらないのをいぶかしく思っております。”
 
 何度かのやり取りの後、エティエンヌは使いの小姓に答えた。
「伺うことにしましょう。お近くでお話してみましょう。」

 楯持ちの若者ひとりを共にして、エティエンヌはブロドウェンの許を訪ねた。
「御前に語らいに参るように、お召しを受けました。かたじけないことです。」
 案内を請い、控えで待った。
 心急くブロドウェンはすぐに会いに出た。
 エティエンヌは、彼女に招待の礼を言った。
 彼女は彼の腕を取って、寄り添い座った。二人はさまざまな話をした。
 エティエンヌの姿形、柔らかな物腰、さわやかな表情、教養を感じさせる品の良い語り口。その様子を見るにつけ、ブロドウェンは彼を好ましく思った。
 なにひとつ、彼女の気に入らない点はなかった。
 彼女は心の中で感嘆し、大いに楽しんだ。
 もっと親しく、例えば恋について彼と語らいたいと思ったが、彼にうわついた女だと軽んじられるのが怖くて、言えなかった。
 しばらくすると、彼は暇を乞うた。
 彼女は帰らせたくなかったが、引き留めはしなかった。

 エティエンヌは館に戻ると、ため息をつき、物思いに沈んだ。
 ブロドウェンのことが、頭から離れなくなっていた。
「王国に長く滞在しているというのに、姫に今までお会いしなかったとは、何とも愚かなことをしていたものだ。
 姫は別れ際にため息をおつきになった。姫も、もっと私と共に過ごしたいと思われたのだろうか…?」
 美しく愛すべき王女の様子を思い浮かべ、恋心に惑った。
 しかし、すぐにその想いを悔やんだ。
 国許に残してきた奥方のブランシュを思い出したのである。
「ブランシュに誠実であろうと誓ったのに…。
 決して裏切るまいと誓ったのに…。」

 ブロドウェンもまた、エティエンヌを想っては、ため息をついた。
 今まで、彼ほどに讃嘆した男はいなかった。ノルマンディーにいつか帰ることを思うと、胸が塞がりそうな思いがした。
 できる限り引き留めたい、恋人としたいと思った。
 眠れない夜を過ごした彼女は、翌朝親しく仕える侍女に告白した。
「厄介なことになりました。
 ノルマンディーから来たあの騎士、勇敢で気高いエティエンヌ殿に恋をしたのです。
 あの方を恋人にできるのならば、私は喜んでこの身を奉げることでしょう。
 望むならば、この国の王となることもできるでしょう。
 あの方に恋していただけたならば、どんなに嬉しいだろう。
 あの方に恋していただけなければ、哀しみのあまり死んでしまうかもしれません。」
 侍女は心打たれ、助言をした。
「あの方の愛を望むなら、まずはお使いを遣って、お側にお召しになるのです。
 飾り帯なり、指環なりを贈り物にすれば、あの方も姫さまのお心にお気づきあそばされるでしょう。
 喜んでお召しに応じ、贈り物も喜んで受けるならば、あの方も憎からず思っておられるということです。
 姫さまから恋を告げられて、嬉しく思わない男などおりましょうか?
 王侯、皇帝といえど、嬉しく思うことでしょう。」
 ブロドウェンは思い悩んだ。
「贈り物などで、お気持ちが測れるものだろうか?
 好いているにせよ、嫌っているにせよ、婦人からの贈り物を邪険にする騎士など、見たことも聞いたこともない。
 私の振舞を、あの方に軽々しいと思われるのは耐えられません。」
 侍女は重ねて言った。
「それでも、その素振りから、いささかなりともお気持ちが知れるかもしれません。
 そうなさってはいかがですか?」
 ブロドウェンは心を決めた。
「私の飾り帯と金の指環をあの方に贈りましょう。
 くれぐれもよろしくと伝えてください。」
 侍女は贈り物を携えて出かけた。

 しかしながら、ブロドウェンは、自らの行いを悔いた。
「異国から来た男などに、どうして恋してしまったのだろう。
 どんな一族の者なのかもわからない。国を出たいきさつも知らない。
 軽はずみなことをしたのではないか?
 昨日、初めてお話しただけだというのに、今日は恋を告げ、愛を乞うなど…。
 うわついた女だとお思いになるのではないか?
 蔑んで、立ち去られるのではないか?
 そうなったら、私は悲嘆にくれ、一生の間を不幸に過ごすことだろう。」



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