もしも花弁が揺れるなら
3.
ローラントの周囲はぐっと華やかになった。
彼の態度は相変わらず素っ気なく冷たかったが、かえってそれが皆の興味をそそった。
姫君たちは特にそうだった。自分だけが特別な親しさを得たいと躍起になった。
相手の表情を読むのが苦手なローラントにとって、草原の者でさえそうなのに、都の者の気持ちを読み取るのはもっと難しかった。相対してじっと目の奥を見つめ、意図していることを一生懸命に探ろうとしたが、無理だった。
デジューが思ったように、そうしている時の目には艶っぽさがあった。
姫君たちは、彼がじっと見つめるのは、自分に関心があるからではないかと思った。そう思っても、彼の態度は変わらない。
じれったく思い、彼を強引に誘い連れ歩く姫君もいた。だが、断られることもない代わりに、それでより親密になるのに成功する姫君もいなかった。
「“氷のシーク”の凍ったお心は、誰にも動かされないのかしら?」
ひとりが溜息をつくと
「お考えになっていることがわからないの。神秘的……」
と誰かが言う。
「恋人もおられない。奥さまも勿論おられない。いっそ私がなりたい。」
「奥さまだなんて……あの方はほら、ラザックなんだから。それは無理。」
ロングホーンの貴族は皆、ラザックと通婚するなどありえないと思っている。たしなめられた方も
「それくらいの気持ちだってこと。」
などと苦笑した。
「でも……あの方の微笑むところが見られれば……私は全てを投げ出すわ!もっと頑張らなくては。」
それは全員が同じ気持ちである。合わせたように切ない溜息をついた。
図らずもそれは、かつて草原の男たちがアンフィサに対して渇望したことを同じだった。
デジューの誘いで馬場に出れば、見物人も大勢現れた。
その日もいつものように、姫君が馬場の柵に鈴なりになっていた。稽古をしている間中、黄色い声が挙がっていた。デジューは辟易し、こっそり助言した。
「ローラント。女たちに誘われても、全部付き合うことはないんだぞ。見ろ。いつも大盛況だ。騒がしくてならん。」
「そう。では、断ることにしよう。」
「お前、全員断るつもりだろう?」
「ああ。」
「まったく……。気に入ったのはおらんのか?」
「ない。」
涼しい顔をして即答するローラントに、デジューは苦笑した。
「お前に早々にあだ名がついたのを知っているか?“氷のシーク”だそうだよ。誰にも心許さぬ美しい氷の花。花と言うのは、男にはどうかと思うが……お前を言い表すには違和感がないな。」
「そうか。」
「だが……冷たい氷は、温めれば水にもなり、湯にもなり、蒸気にもなる。意味深だな。」
「何が?」
「お前が、熱い蒸気になるのを見たいんだろうよ。」
そう言って、デジューは嬉しそうに笑った。
「帰る。」
デジューは引き留める素振りを見せたが、急に落ち着きがなくなった。
「帰るか。俺はちょっと……」
ローラントの背後を見つめている。
何かあるのかと振り向くと、軽く武装した女が騎乗しようとしていた。
(女が馬場に?)
デジューが感に堪えない様子で囁いた。
「ソラヤ公女。大公さまの叔母上だよ。いつ見ても麗しいよなあ……」
眺めれば、たいへんな麗人であった。
ローラントは、デジューに奥方のいるのを思い出し
「お前は奥方も子供もあるではないか?」
と言った。
「愚かしいことを……。それとはまた別。」
デジューは珍しく不愉快そうだったが、彼は気にすることもなく更に刺激的な言葉で尋ねた。
「愛人か?」
「とんでもない!男なんかお側に寄らせない。嗚呼!まさに、大神のワルキューレ……」
デジューはうっとりと女の方を向いている。
付き合う義理もないと、ローラントはそのままにして立ち去った。
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