もしも花弁が揺れるなら
17.
婚礼の日。
草原の結婚式では、男は女よりも着飾るものだった。
それは財産のあることを示すためであったが、都では公に口に出来ない理由もあった。
気位の高い草原の男は、少しの揶揄いであっても、激昂することがある。婚礼の無礼講で、そのようなことが起こったときに、花婿が刃物を取って暴れられないようにする為である。
婚礼に参列するラースロゥは、ローラントのことを非常に案じた。日常の場で、激怒したり暴れたりすることはなかったが、今日は非日常の場である。
絶対に戦場での片鱗を覗かせてはいけないと、必要以上にローラントを飾りたてた。
ローラントは疑問を呈することもなく、人形のようにされるがままにしていた。元々が男臭い容貌ではない。仕上がると、男ではあるのだが、中性的な印象を与える姿になった。
彼は鏡を見て物言いたげにしていたが、笑い出した。
「母上に似ている気がする。」
今更ながらのことを言って、ラースロゥを苦笑させた。
そして、急に厳しい目を向けた。
「ヤール、嫌な予感がするぞ。」
「予感?」
彼は当惑しているラースロゥに
「丘の陰、森の中、そういったところに、兵が伏せてあるという予感だよ。」
と言って、にっと笑った。
婚礼の行われる神殿には、沢山の貴族が犇めき合っていた。ローラントの様子がどうなのか、男嫌いだったソラヤがどんな表情でいるのか、興味深々なのである。
やがて現れたローラントは、重たそうな装身具をじゃらじゃらいわせながら、彼らの前を通り過ぎて行った。
皆は食い入るように見つめた。
「ありゃあ……草原はあんなに着飾るんですかね?」
「私の知っているところに寄ると……まあ、シークですからなあ。立派なこしらえをするのでしょう。」
呆気に取られている者もいる一方で
「しかし……婚礼、それも自ら望んでおられた相手だと伺いましたが、いつもながらのその……落ち着き払ったご様子……」
「“氷のシーク”は、婚礼に臨まれても、凍ったままですか……」
などと、囁き合っている者もいた。
ソラヤもさすがに今日は、男の格好はしてこない。裳裾を引いて現れた。
ローラントは鼻を鳴らした。しおらし過ぎて、普段の彼女らしくもないと可笑しかったのだ。
気づいた彼女はむくれたが、参列者の手前がある。つんと澄ましていた。
祭司が彼らに背を受けて祈りを唱え出すと、彼は声を殺して笑い出した。
彼は横で跪いている彼女に囁いた。
「お前、でかいな。」
「何だと?」
「男の形のときは気づかなかった。」
彼女はみるみる上気した。
「お前、このお祈りの直後に、私が何をするか解っているのか?」
「署名だったかな?」
彼女が黙って睨むと、彼は頭を垂れ黙ったが、唇を噛んで震えていた。
結婚の証書に署名をする際、ローラントの名前の下に、ソラヤは腹立ち紛れに、おそろしく大きな字で力一杯名前を書いた。
神官が思わず
「そんな大きく……」
と言いかけたが、彼女に睨まれて黙った。
結婚の証人には大公を初め、高位の貴族から下った家の者までが名乗り出た。
祭壇の前に黒山の人だかりが出来、名前の書かれた紙は十枚を超えた。
「叔母上。本当によかった……」
気性の優しい若い大公は声を詰まらせた。
懸念の叔母の結婚相手をついに定められた安堵なのか、単に叔母の結婚が嬉しかったのか、大公本人にもよく判っていなかった。
ソラヤを賛美していた連中も、自分は結婚できないが、彼女の行く末を本当に案じていたらしく、心からの祝いの言葉を彼女に述べた。
そして、ローラントに
「おめでとう……よくぞ……」
と一様に言葉を濁した。
彼が礼を言い微笑むと
「えっと……本当に望んでいたのだね。」
と少し驚いたような顔をした。
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