11.

 ローラントは秋に上京しても、ソラヤに合せて朝の外出をすることはしなかった。
 城の夜会ででも会えるといいと思ったが、彼女は夜会などには興味がない。現れることはなかった。
 含みばかりのローラントにはわかりにくすぎる会話、香のかおり、酒の匂い、豪勢な料理の匂い。苦痛ばかりだったが、彼女に遭遇できるのではないかと思うと、出かけられた。
 しかし、肩透かしばかりに終わった。
 彼がやはり朝の散歩道で待とうと考え始めた頃だった。ある夜、ソラヤの姿をやっと目にすることができた。若い公達に囲まれている。楽しそうに笑っていた。
 鼓動が高まり、目が離せなくなった。
 彼女が彼に気づた。途端に嫌そうな顔で彼を睨み、広間を出て行った。
(そうまで厭わしいか……)
 哀しいのだが、それだけではない気持ちが湧いた。

「ソラヤ!」
 ローラントは呼び止め、駆け寄った。
「無礼な!呼び捨てとはな!お前に関わる暇はない。ローラント・セシルセン。」
 怒鳴り声と共に拳が飛んだ。彼は危うく避けた。
「ツェツィルセンだよ……。俺にはある。お前に会えないと、俺はひどく寂しい。困っている。」
「お前が困ろうが、私は何とも思わないが?」
 即答である。
「そう……」
 彼は落胆して俯いたが、すぐに顔を上げた。
「でも、今日は少なくとも会えたからいい。」
 そう言って、彼は微笑んだ。
 煌めく緑色の瞳が彼女を見つめていた。

(……美しいな。)
 ソラヤは不覚にもそう思ったのを悔やんで、殊更厳しい言葉を出した。
「困らんでも、お前の寂しさを埋める娘など、幾らでもいるではないか。……私の姪のギネウィスなどいいぞ。若くて美しいし、女らしい。お前のことを、私には理解できんが、想っている。彼女にしておけ。お前に私は過ぎる。」
 彼はすぐさま拒否した。
「彼女ではいかん。」
「贅沢言うな。大公の従妹だぞ。」
「そんなことは関係ない!……俺が欲しいのは、香の匂いのする女ではない。馬と皮の匂いのする女。お前だ。」
 彼女は顔を顰めた。
「……何だ、それは?さては、浮ついた奴らと賭け事をしているな?私をどうこうできるかどうか。そうだろう?だが、お前には無理だ。止めておけ。」
「そんなことはしていない!」
 彼はそう言うなり抱き締めた。
「これは愛しているというやつかもしれん。」
と言って、目の奥を覗き込んだ。
 曖昧な言い草が、ソラヤの癇に障った。彼女は黙って、ローラントの股座に力一杯膝を打ちつけた。
 強烈な痛みに襲われた彼は、唸り声すら挙げられず崩れ落ちた。呼吸すら難しく感じた。
 彼女は、膝を折って四つん這いになった彼に
「かもしれんだと?慮外者が!そうして跪いておれ!」
と言い放つと、去って行った。
 彼は蹲り唸りながら、その姿を見送った。

 腰を摩っていると身体の痛みは薄れた。しかし、違う痛みはますます強くなった。
「何という女だろう……」
 信じられないことをする女に対する驚き、その女を恋しがっている彼自身にこそ驚愕した。
(恋しいか……もっと一緒にいたい。一時も離れたくない……気がする。気のせいかもしれん……いや、そうではない……かもしれん。)
 ローラントは途方に暮れた。感情が揺れることも、自分が解らなくなることも、初めてのことだった。
 ただ、解ったのは、草原で抱いた娘にも感じなかった感情、宮廷の姫君にも感じなかった感情を、ソラヤに持っていることだった。

 あれだけ激しく拒否されれば、さすがに近づけない。
 ローラントは辛くなるだけだと、会う努力を止めた。
 時々、デジューと乗馬や武芸の練習をするソラヤを見かけた。
 期待していない分、異様な昂りを感じた。眺めずにはいられなかった。
 ソラヤは何か話をして笑っていても、彼の姿に気づくとそっぽを向いてしまう。
 心がじくじくと疼いた。
(デジューより俺の方が腕はたつ。俺と稽古……いや、それはならん。俺はいつもの調子で、斬り殺すかもしれん。第一、申し出ても拒否されるだけ……)
 溜息ばかりが出た。
 彼は絶対に馬場にも近寄らないことにした。



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