4.

 当初はよかった。
 シークには、どんなに熱愛したところで、若い娘が年老いた自分を愛することなどないと思うだけの分別があった。
 ただ、自分の許に置いて、愛でられるのを幸運なことだと思っていた。
 だが、次第に思いは変わった。
 大事に慈しんでいれば、アンフィサも自分を愛するようになるのではないかと思い始めたのだ。
 馬鹿なことを考えたと思い、もっと自制せねばと自分に苦笑しても、彼女を見ると欲しくてたまらなくなり、毎晩のように寝所に呼んだ。
 アンフィサは嫌がるでもなく、もちろん喜ぶでもない。おそろしく無表情で従った。
 それなのに、身体はひどく敏感で、触れればたちまちに身悶えし、しとどに濡らして、彼を堪らなく歓ばせた。しかし終われば、何事もなかったかのように素っ気ない態度に戻り、無表情に戻った。
 そのうち馴染むだろうと思って呼ぶが、まったく変わらない。
 また、彼女には目の奥を探るようにじっと見る癖があった。そういう時の目は、震えがくるほど妖しい艶っぽさがあった。
(誘っているのではないか? )
 そう感じて、今日は何か反応があるのではないか、と飽きもせずに同衾を繰り返した。

 ある日、ツェツィルが夜更けにシークの居間を訪ねてきた。そろそろ、アンフィサと寝床に入ろうと思っているところだった。
(こんな時間に……)
 昂っていた情熱に水を差され、思わず舌打ちが出た。
 シークはアンフィサを待たせて、控えで息子に会った。
「何だ?」
と言う言葉に、苛立ちが滲んでいた。
 ツェツィルは、シークの後ろの寝所の扉を見つめている。息子がアンフィサを欲しがっているのは、もう気づいていた。
「何の用か?」
と再度尋ねると、やっと息子は父を見た。
「……親父殿。あの女、“ラディーンの王女”を俺にくれないか?」
 いつ言い出すかとは思っていたが、はっきり言われて図らずも怯んだ。

 多妻の草原では、たまにこういうことがあった。
 老いた父親の若い妻を息子が欲しがることは、さして責められることもなかった。
 そういう時、父親が快く息子に譲るのが、寛大だ、器が大きいと、一番称賛される態度だった。
 父親が断れば、息子はきっぱり諦めるのが、男らしいと言われることだった。
 時々、断った父親と諦めない息子が決闘して、どちらかが相手を殺して女を手に入れることがあった。
 それは、称賛はされないが、認められていた。

「断る。」
 そう言うだろうとツェツィルは思っていたが、不満が顔に浮かんだ。
 父が見とめて
「何だ、その顔は!」
と怒鳴った。
 気づいても、気づかないふりをすべきなのに、それを恥じる節操は、もう父にはなかった。
(女に溺れやがって! )
 父も息子も、お互いをそう思った。
 シークは、息子を斬り捨てるのもやむを得ないと思った。ツェツィルも同じ気持ちだった。
 どちらから言い出すかと、相手をうかがって、睨み合った。
 ややあって、ツェツィルは目を逸らした。
「すまん。親父殿。俺、一瞬寝入っていた。何か寝言を言ったかな?」
 苦笑する息子を父はねめつけた。
「うじゃうじゃ何か申したようだが、よく聞き取れなかった。気にするな。寝言ってのは、そういうもんだ。」
 話を合わせてやると、息子は
「そうだな。変な寝言を聞かれなくてよかったよ。」
と言って、さっさと出て行った。
(ほどなく秋になる。儂は都に行かねばならん。危うい……。アンフィサを都に連れて行くか? )
 シークは自問した。
(それはよくないな。皆に若い娘に溺れたと侮られる……。連れて行けんか。)

 シークは苦い溜息をつきながら寝所に入り、まるで自分を刻み付けるように激しくアンフィサを抱いた。
 行為を終えて見れば、彼女はいつもと変わらぬ硝子玉のような目で天井を見上げていた。
 胸に抱き込むと素直に従い、腕の中で眠ってしまう。
 身体は開くのに、心を開いた感のまったくないのが、切なかった。
(アンフィサに微笑みの浮かぶのが見たい……)
 半ば叶わないのだとわかっていたが、諦めきれなかった。



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