もしも花弁が揺れるなら
3.
ラザックシュタールで、シークとアンフィサの婚礼が行われた。
花嫁姿の彼女を、皆が天女のようだと讃嘆した。だが、隣に座った花婿は、若いころはさぞかし美丈夫だったのだろうと思わせたが、肉も落ち、深い皺が身体に刻まれ、髪も白くなった老人である。
奇妙で痛ましく見えた。
「ツェツィルさま、お父上の花嫁をそんな目で見てはいけませんよ。」
ラザックの戦士が、自分の隣に座っている男に囁いた。
「美しいな! あんな美女は見たことがない。……六十の親父殿などに……。シークではなく、次のシークになる俺に娶せてもよかったんじゃないかな? 俺はあの女が欲しいぞ。」
ツェツィルと呼ばれた男はそう答えた。彼はシークの長男。次のシークになる男なのだ。
うっとりと熱っぽい目を、義母になる女に向けていている。ラザックの戦士は言葉を重ねた。
「なりませんよ。あなたは二人も奥方がいるのだし。我慢しないとね。」
「ラースロゥ、知っているだろう? 先日、二室は娘を産んで死んだ。一室は身体が弱いし。目の見えない息子しかいないんだ。元気な息子が欲しい。その母親になるのは、あの女がいい。」
「他の娘にしなさい。元気で、綺麗な女は他にもいるでしょう? あれはあなたの義母。」
その戦士、ラースロゥは真面目な顔で諌めた。息子が欲しいだけではないのは、わかりきっている。
ツェツィルは笑った。
「愚かしいことを言ったな。そう。あれは義母だ。乳の弟の言うことは、いつも鋭くて正しい。」
それでも、まだ義母に対するとは思えない視線をアンフィサに注いだままだった。
ラースロゥが諌める言葉を探していると、ツェツィルは立ち上がって、花婿花嫁の側へ歩いて行った。そして、花婿である父の前に平伏し、シークにする挨拶をした。花嫁にもそのまま
「シークの一番目の息子、ツェツィル・カデルセン。初めてお目にかかりました。」
と丁重に挨拶した。
アンフィサは例の硝子玉のような目を彼に向けている。
(なるほどな……“もしも花弁が揺れるなら”か。まさしく。この花の顔に微笑みが浮かぶなら、男は世界すら投げ打つだろうよ。)
ほうっと息をつくと、父がそれを聞き留めた。
「ツェツィル、お前ですら感嘆するか。噂以上の美貌だ。儂も驚いたよ。」
実に嬉しそうに、シークは笑っていた。
実のところ、老いたシークはこの結婚には気が進まなかった。好色な性質でもない。若いころならまだしも、この歳で、若い娘の相手をするのも億劫だった。
(厄介なことだ。争いの元になるような娘は、早々に誰かに嫁がせればよかったのに。)
と苦々しい気持ちしかなかった。
実際に夫婦関係を持つことなど考えもせず、ただ側に置いて夫人と遇すれば、それで治まるのだろうと思っていた。
しかし、そんな気持ちはすっかり霧散した。アンフィサの美貌は、彼の枯れた血をも騒がせた。
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