14.

 ツェツィルは、ローラントの戦場での行いも悩ましかったが、アンフィサとの関係こそどうにかせねばならないと、頭を抱えた。
 だが、アンフィサそっちのけになる程、ローラントの興味を引けるようなことは何も思いつかない。
 子供のころから、何をしても、楽しそうにすることはなかったからだ。
(違う女を与えれば……)
 それしか考え付かなかった。
 彼は、ラザックとラディーンの宗族のヤール、二人ともを呼んだ。

「ラースロゥ、ローラントは草原ではどうなのかな?」
「ん?普通に羊を追いに出ておられますね。」
「帰ってからはどうしておる?」
「変わりませんよ?皆で食事して、誰かが話したり、歌ったりするのを見聞きして、開けるころにお休みになりますな。」
 それはごく普通の草原の暮らしだった。
「伽はつけておるのか?」
 乳房に噛みついた一件があるから、ラースロゥはその接待はしていなかった。ローラントが女を欲しがることもない。
「つけませんな。独りでお休みです。」
 ラディーンのヤールにも尋ねると、同じことを答えた。
「あれは、気が昂りやすい性質らしい。見かけによらず、激しい気性だ。」
 二人のヤールは思い当たることがあり、黙り込んだ。
「女をな……。ほら、女と仲睦まじくやっておると、気の荒い男でも、多少治まるではないか。」
 ラディーンのヤールは
「ああ、そういうことはありますな。」
とあっさり同意したが、ラースロゥは同意する気にもならなかった。
「伽をつけてやれ。その中で気に入った女がおれば、妻に迎えてもいい。」
 ラディーンのヤールは驚いた。
「奴婢を妻にですか?聞いたことがない。それに、次のシークになられるのですから、奴婢の妻など駄目ですよ。」
「奴婢でなくともよい。あれが望む娘を。望む娘はないかもしれんな……。ああ、あれは姿が整っておるから、行きたがる娘はおるだろう?」
 ツェツィルは出来るだけ、朗らかに言った。
「そりゃ、いくらでもいるでしょう。現にそれとなく誘っている娘もおりますね。」
 ラディーンのヤールは納得し、承諾して帰って行った。
 ラザックのところにも、そういう娘は沢山いる。
 しかし、ラースロゥは無駄だと直感していた。
 その直感を上手く説明できたとしても、ツェツィルが受け入れないことも知っていた。
 ツェツィルが答えない彼に怪訝な目を向けている。
 承諾するしかなかった。

 ラースロゥは悩んだ末、自分の血縁の娘をローラントの許へ行かせることにした。
 娘たちのうち数人が積極的に行きたがった。娘たちは話し合い、中でも一番美しい娘が行くことになった。
 ラースロゥは、自分の血に連なる美しい娘ならば、残虐なことをしないかもしれないと期待した。
 翌朝、娘は泣くこともなく、傷めつけられた様子もなく、ローラントの側で食事をしていた。
 ただ、どことなくよそよそしかった。
 娘の母親にどうだったのか尋ねさせると、ローラントは背中を向けたまま興味を全く示さなかったと答えた。
 重ねて尋ねると、身体をぴったり寄せて誘ったら渋々行為に及んだが、終わるまでにおそろしく時間がかかったと苦笑した。
「私はお気に召さなかったみたい。」
 娘は残念そうにしていた。
 少なくとも、酷い行いはしなかったようだと安心したが、ラースロゥはまた得体の知れない不安を感じた。
 それでも命令通り、ローラントが宿営地にいる間、何度か伽をつけた。
 しかし、ローラントが
「もう女を遣るのは止めてくれ。」
と拒否した。

 ラディーンのヤールも似たことをしたが、やはり一向に興味を示さない。
 陽気な性質のヤールは
「男の方がいいですか?」
と揶揄った。
 すると、ローラントは真面目な顔で
「ああ、そうだな。」
と答えた。
 ヤールは驚いた。
「そうだったのですか……」
 ローラントは微かに苦笑して、首を振った。
「女が科を作って媚びるのが嫌いなんだ。」
 ヤールは勘違いをした自分を嗤った。
「可愛いじゃないですか。女の愛こそ男の宝というものです。生きている喜びですよ。」
「戦に出ているときしか、生きている気がしない。」
 それは小さな呟きだった。ヤールはよく聞き取れず、怪訝な顔を向けた。
 ローラントは辺りをずらりと眺めた。
「あそこの娘。どうでもというなら、あの娘が欲しい。」
 指差す先には、痩せっぽちの女らしい魅力も何もない娘がいた。
(冴えない女がお好きなのかな?まあ、自分にないものを求めるとも言うしな……)

 翌朝のローラントは、非常に満足そうだった。
 美貌の彼の側に座った娘は、余計に見劣りがした。
(わざわざあんな女を……俺なら鼻にもかけない……)
 ヤールは不思議で仕方がなかった。
 その娘に次の晩も世話をさせようとしたが、ローラントは違う娘を自ら選んだ。
 それは、前の娘に輪をかけて冴えない娘だった。
 その娘も一夜だけだった。
「ご自分でお選びになったのに……。お気に召したのではないのですか?」
「別に。」
「何か粗相でも?」
「いや。でも、もう彼女は近寄らせないでくれ。」
 ヤールはますます不審に思ったが、思いついたことがあった。
(ああ……生娘か。処女を散らすのがお好きなのかもしれん。)
 処女性を重んじる土地柄ではないが、悪趣味だと思った。また、初めて男に身を任せた娘に対する態度としても、褒められたものではない。
「あの娘も、前の娘も。少しも愛しいとは思し召さんのですか?」
 少し咎める色が滲んだ。
「別に。だいたい、皆が身をよじって、女を恋しがる気持ちがわからん。」
 ローラントは涼しい顔をして答える。
「それにしたところで……」
 ヤールは言いかけて止めた。ローラントは不思議そうな顔で、じっと彼の目の奥を見つめている。本当に意味が解っていないようだった。
(なりだけ大人で、中身は子供のままか……。子供が好奇心で、次から次へ新しい物を欲しがるのと同じかもしれん。だとしても……)
 ヤールは溜息をついた。
 乳兄弟もおらず、特に親しくする者もいないからかと、彼は自分の息子を側近く置くことにした。
 だが、ローラントには何の変化ももたらさなかった。

 ローラントの心には、何もない。
 虚無だった。
 ほとんど感情らしいものが湧くことはない。生きている実感も乏しかった。
 だが、命の最も危険に曝される場でだけ、僅かに感情が動くのを感じるのだ。それは、息を吹き返したような快感を彼に与えた。耐え難い、強烈な快感だった。
 戦場以外では、他者が苦しんだり痛がったりするのを見る時に、その欠片を少しだけ思い出すことができた。
 彼はそれを不幸だとも、変だとも思ったことはなかった。生まれてこの方そうなのだ。
 また、彼の異常な内面を指摘できる者もいなかった。

 父の言うことなど、ローラントは聞くつもりもなかった。聞けなかった。
 草原に出ては、戦が起こりそうだという噂を聞くとそこへ向かい、戦闘の始まるのを待った。
 そして、相変わらずの殺戮を行った。身体と心に刻み込まれた快感を求めて。



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