12.

 ツェツィルは、立て続けにローラントを戦場に出した。
 ラースロゥも他のヤールたちも
「後を継ぐ息子は、もう本当にローラントさましかおられんのですよ?」
と反対したが、一族の問題よりも感情が先走りして、抑えられなかった。
 ローラントは出陣を命じられるたびに、きらりと瞳を光らせた。そして、何かを思い出しているような顔をして、しばらくじっと身動きもしなかった。

 何度目かの戦場は、放浪している盗賊の類ではなく、敵対する部族が相手だった。
 そこの若い長は、雌雄を決するのに、ローラントを選んだ。若く経験の浅いローラントなら、組みやすいと思ったのだろう。
「ラザックシュタールのシークの息子、ローラント・ツェツィルセン!お前だ!」
と大声で呼んだ。
 連れていたラディーンの戦士たちは騒めいた。
 誰かが
「卑怯もの!一騎打ちに手練れを選べないのか!臆病ものめ!」
と叫んだが、相手は
「誰にも初めてはあるぞ。」
と言い返して、笑っている。
 ローラントは何も言わず、馬を前に出した。
 硝子玉のような目で黙って眺めているのに、相手は気味が悪くなったのか、それ以上何か嘲ることもしなかった。
 闘いは長かったが、ローラントは相手を打ち落とした。誰かが教えたわけでもないのに、馬乗りになって、短刀をさっさと首の急所に突き刺した。
 一度の刃で、周りで見ているものは、死んだと思った。身動きもしなくなったからだ。
 それなのに、ローラントは二刀目を入れた。刺したまま切り裂いている。三刀目は顎の下にぐるりと刃を回しているように見えた。
 勲しの証に、耳を切り耳飾りを得る習慣は、彼も知っているはずだった。
 ヤールは
(若い戦士がよくやるやつだな……)
と考えた。
 経験の浅い若者が、もう死んでいる相手に、取り乱して何度も刃を突き立てるのは、よくあることだった。
 ヤールは歩み寄り、声をかけた。
「もう死んでいますよ。耳をお落としあれ。」
「うん。」
 そう答えるが止めようとしない。
(よほど恐ろしかったか……)
 ヤールはローラントの腕を掴んで、止めさせた。
 ローラントはゆっくりヤールの方を向いた。向いているが何も見ていないことに、ヤールは気づいた。
 じっとして、そのまま虚を見つめている。
(放心しておられる?)
 ヤールは自分の短刀を抜き、代わりに耳を切ろうとした。
「俺にやらせてくれ。」
 静かな声だった。
(頑張って、最後までやり遂げるつもりか。)
と退いてやると、特に躊躇するでもなくやり遂げた。
 そして、顔を上げ、無表情に遠くを見つめていた。訝しいほどの間が流れた。
「ローラントさま?」
 声を掛けられ、やっと我にかえり
「小便。」
と立ち去った。
 しばらくして、ローラントが歩きにくそうに戻ってきた。帷子ばかりいじっている。
 ヤールは苦笑した。
(やはり恐ろしかったか。淡々としておられたが……小便を漏らすとはねえ。)

 ローラントはぞくぞくする感覚を治められずにいた。いつも戦に出ると気が昂り、生きている実感をありありと覚えたが、自分の身体の下で命が失われていくのは格別だった。
 殺されるのを察した相手の恐怖の表情、短刀を突き刺したときの絶叫と苦悶の表情。命が去る瞬間の相手の身体の震え。
 頭の奥がじんわりと蠢いて、ゆっくりと自分の命の実感が湧き起ってくる。強烈な快感があった。それを反芻し味わっていると、また射精しそうだった。

 出陣するたびに勇敢だと、ローラントの名は上がった。
 草原の戦士にとって、それは最も名誉なことだったが、彼には誇らしくもなく、何の喜びもなかった。刺激は薄れていた。あの時の快楽が忘れられない。
 しかし、相手を組み敷いて殺しても、もう慣れてしまったのか、以前のように気が昂ることも、生きている喜びを感じることも少なくなった。
 汚れた下半身を洗いに行く必要もなくなった。

 何回か後の戦の時だった。
 ローラントはぼんやりと、終わった直後の戦場を眺めていた。死体が累々と倒れている。凄惨な様子にも、何も蠢くような快感は起こらなかった。
 すると、遠く向こうに、負けた氏族の女子供が集められているのに気づいた。虜囚は功に応じて分けられるのだ。
 分配が始まった。
 引き立てられるたびに、女の悲鳴が聞こえ、子供の泣き叫ぶ声が挙がった。
 ローラントはその場に歩み寄り
「全員、殺せ。」
と言った。
 皆が驚いて見た。
「え?」
「殺す。」
「女や子供、年寄りですよ?」
「いい。」
 ローラントは、一番近くにいた子供の襟首を掴んで、剣を抜いた。
「いけません!」
 戦士が抱き着いて止めようとした。ローラントは殴り倒し
「アナトゥールさまは子供に殺された。」
と言って、そのまま子供を刺し殺した。
 側にいる母親にも、眉ひとつ動かさず剣を振り下ろした。
「女は血統を残す。」
 彼は女の倒れるのをまじまじと見つめ、剣を見つめた。
 母子の身体から流れ出す赤い液体、剣についたばかりのそれ。忙しなく視線が行き来した。
 やがて、彼は刃に舌を這わせた。舌の上に載った“赤いもの”を味わい、じっと立ち尽くした。
(血の味……死んだか。)
 それは彼が、あまりにも呆気なく倒れた母子の死を、実感する為に必要な作業と時間だったのだ。
 だが、そんなことは誰も知らない。思いつきもしない。
 敵味方ともに絶句した。
 誰かの悲鳴が静寂を破ると、虜囚は恐慌状態に陥った。
 必死に命乞いをする声、赤ん坊の泣き声、悲鳴、何もかもが彼には雑音にしか聞こえなかった。
「うるさい。うるさい。」
と呟きながら、手当たり次第に斬って歩いた。
(これなんだ、これ!奥底がじんわりして、血が激しく身の内を流れているこの感じ。股座のいきり立ちそうなこれ。俺はこれが欲しいんだ!)
 そんなことを思っているとは、傍からはわからない。無表情だった。

 草原の戦士たちは皆、これは自分たちの内だけで留めなければと思った。留める必要もない、話すのも恐ろしいと思った。
 ローラントがいずれシークになることを危惧したヤールだけは、このことをツェツィルに話した。
 ツェツィルも顔色を失った。

「ローラント。お前は戦場で、必要以上に血腥いことをするそうだな。」
 厳しい顔を向けると、ローラントは
「血腥い?」
と尋ね返した。
 ツェツィルは大声を出した。
「女も子供も殺してはならん!」
 ローラントは目の奥をじっと見つめている。何も言わない。
 ツェツィルは、反抗しているのだと思った。
「やめよ!今後、お前は出陣させない!わかったな。」
 それだけ言って、苦い顔で立ち去った。

(何がいけないのか……?)
 ローラントは本当に、さっぱり意味が解らなかった。
 エーレンが言っていたことを思い出し、その死に際して見たり思ったりしたことを思い出してみた。それでも解らない。
(いけないことなのか?全員殺したのだから、苦しむ者もいないじゃないか。)
としか思えなかった。



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