もしも花弁が揺れるなら
10.
城壁の外に、ラースロゥが待っていた。
ローラントは馬を止め、じっと軍勢を眺めたまま、一向に動かない。
(やはり、この歳では竦むか……?)
ラースロゥは案じた。
出抜けにローラントが笑い出した。それはやがて、高笑いになった。
不審であり、また少し気味が悪く、ラースロゥは黙って様子を窺った。
「ヤール、これは素晴らしいな。こんな素晴らしい光景は見たことがなかったぞ。男たちが武装して居並ぶのは、何ていいんだろう!……女なんかよりずっと興奮する。」
ローラントは、ずっとくすくす笑っていた。
長々と話すのに驚くと共に、ラースロゥはますます気味が悪くなった。
気を取り直して、従う予定の二人の息子を呼び紹介した。ローラントは彼らをまじまじと眺め、嬉しくてならないようにしばらく笑った後
「そう。」
とだけ、いつものよう素っ気ない返事をした。
闘いが始まった。
ローラントは鉾を握って、従う二人に見向きもせずに駆け出し、あっという間に薙ぎ殺した。
そして、鉾を放り投げ剣を抜くと、そのまま乱闘の激しい中に馬を向けた。慌ててヤールの息子たちが追う。
彼らが追いつく前に、ローラントは既に数人を斬り倒していた。若すぎる若武者の猛烈な闘いように、相手側がさっと分かれた。
二人は馬を寄せ、ローラントを覗き込んだ。だが、気づく風もなく敵方を眺めている。
大声で名を呼ぶとやっと、彼は血だらけの顔を向けた。無表情の中、緑色の虹彩が極限まで細り真っ黒になった目が、異様に光っていた。
(こりゃ、酔っていらっしゃる。)
危ういと、弟の方がローラントの手綱を引いた。途端に、剣の柄で殴りつけられた。
「ローラントさま!我々は味方!馬周りのヤールの息子二人ですよ!」
大声で呼びかけたが
「邪魔だ。」
と怒鳴り声が返ってきた。
「まあまあ落ち着いて!初陣なんですから、そんなに……」
諌めると、彼は戸惑った様子で二人を見つめた。
兄弟はそのまま横から手綱を引き、守りながら下がった。少し言い聞かせようという腹だった。
まず、兄の方が口を開こうとした。
ローラントは顔に散った血潮を指で拭った。真っ赤になった指を不思議そうに見つめ、やがてその指をぺろりと舐めた。
そして、ぎゅっと目を瞑り、ほっと息をついた。
「甘い。」
と呟き、にっと笑った。
二人はぞっとし、何と言ったものか言葉を探さねばならなかった。その隙に、ローラントは馬を返して、たちまちに乱戦に戻ってしまった。
二人は黙り込んだまま、ローラントの闘うのを眺めた。弟の方は青ざめていたが、兄の方は厳しく眉を顰めた。
ラースロゥは息子たちの話を聞き、頭を抱えた。
二人とも困った顔をして、父親が何を言うのか待っている。自分も困った顔を見せてはいけないと思い、努めて静かに
「お諫めしようかな。どこにおられる?」
と尋ねた。
「身体を洗いたいと仰って。少し先の小川まで。そのままお独りで……」
「供をしなかったのか?……まあいい。そのままか?着替えをお持ちしよう。」
何とはなく、独りで行かなければならない気がした。
ラースロゥが着替えを携えて行くと、ローラントは小川に入って、髪を洗っていた。人の来たのに、気づかないようだった。
彼は声をかけず、脱ぎ散らかしたものを拾い集めた。その時、ぬるっとしたものが手に触れた。生臭いにおいが漂った。
ぎょっとして見ると、下着がどろどろに汚れていた。
もう何を言っていいのかわからなくなった。
彼は拾ったものを出来るだけ元の通りに散らかして、着替えを置いて来た道を戻った。
(初めてのことで気が昂っただけだ。)
と思おうとしたが、無理だった。
(血を見て、気を遣るなど……。魔性?そうなら、いつか俺が何とかせねばならんのかもしれん……)
息子たちには、戦闘中のローラントの様子は誰にも話さないように命じた。
ラザックシュタールに戻った後、ラースロゥはツェツィルに
「たいへん勇猛であられました。」
とだけ伝えた。
ツェツィルは鼻を鳴らしただけで、息子の闘いぶりを細かに聞くこともなかった。
その代わり
「エーレンを呼び戻した。」
と言って、にやりと笑った。
ラースロゥは目を見張ったが、心の片隅にそれがいいのだと思う気持ちがあった。
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