天狼を継ぐ者
14.
私にはまだ宣言することがあった。こちらを言うのは、勇気が必要だった。
「私は、これから、夏はラザックシュタールで暮らす。冬になったら、都へ戻ってくる。」
先ほどとは比べ物にならないくらい騒がしくなった。悲鳴と怒号だった。
ラザネイトも、デジューですら驚いて、言葉を失っていた。
「次のシークになるのだから、草原におらねばならない。大公だから、都も大事だ。半年ずつ、そうすることに決めた。」
一瞬静まり返ったが、すぐに騒然となった。
デジューが心配そうに
「都を離れている間は、いかがなさる?」
と尋ねた。
「そなたとリュイス、キシュ……」
「デジューさまとリュイスさまはまだしも、昭武の商人に従うだって?」
「まだ、最後まで申しておらん。お祖父さまの従弟、マグヴィさまはそれほどのお歳ではない。学識豊かで徳のある方だ。まとめていただく。そなたらも、大公の一族である彼には従いやすいだろう?」
広間のあちこちで囁きが交わされた。好意的ではない。だが、怯むわけにもいかない。また、撤回するつもりもない。
「そなたらも、留守中の采配に、しっかり力を貸してくれよ。」
皆は不満そうに黙り込んで、お互いの表情を探り合っていた。
私は誰も何も言わないようだと、散会を告げようとした。
立ち上がりかけたところに、一人が大声で訴えかけた。
「大公さまは……なんて乱暴で、強引なことをなさるのでしょうな!」
皆も同意した。
「大公さまを草原に盗られるなど……そんなことは許せない。」
まだこんなことを言うのかと私は腹が立った。この場を抑えるのに、どう言ったものかと言葉を探した。
「盗られるのではない。都と草原。ロングホーンとラザック。元々ひとつのものだ。今まで、同じ国にあって、隔たりを持ってきたことこそ、不自然だったのだ。あるべき姿に戻すだけのことだ。」
と言ったが、諸侯は口々に不満を言った。
広間の扉が小さく開いた。
父だった。供も連れていない。
皆の批難が彼に向かった。
「父公さまの差し金ですか! あなたは、いつもそうして、大事なところに割り込みなさいますね! 突然現れては……」
「突然ではないぞ。扉の向こうで、やり取りを聞いている間と、何を言おうか考える間はあったんだから。」
父は笑っている。愉快で堪らないようだった。
「……草原に引っ込んでいると思っていたのに……」
「悪いね。腰の軽い男なんだよ。ほら、草原の戦士は、草原の南の果てのラザックシュタールにいたのが、数日後にはもう都の側にいるって言うだろう? そなたらは遠いと思うんだろうが、俺はそうでもない。子供のころから行き来していたんだから、日常に近いな。」
皆、渋い顔をして父を見た。
「ラグナルを唆したわけではないが、いいことを宣言したものだよ! 俺は思っても口に出せなんだ。どうも、子供のころに刷り込まれた宮廷への気遣いは、死ぬまで抜けんらしい。……まあ、堂々と申したものだ。育ちかねえ……。生まれながらの大公育ちだから。」
「何が気遣いですか……」
「ん? 本音を敢えて言わないという気遣いだが? 奥ゆかしいな。雅でもある。宮廷の好きなやつだ。」
そんなことを言って、父はにっと笑った冷笑を浮かべた。言われた方は激昂した。
「どうせ、雅に吹き込んだんでしょう? 草原とひとつになど……同じになどなるものですか!」
「そこまで雅ではない。……それはそうと、頑なになってはいけないな。草原はいつも腕を広げて待っている。」
「都と草原は異質なのです。」
「そうだね。異質だから、ラグナルは草原に馴染む方法で治めようとしているんじゃないか。草原は都に大公を与えた。都は草原にシークを与えてくれないのか?」
「あなたの二番目のご子息がシークになれば……」
父の緑色の瞳がぎらりと光った。私は父が怒鳴る前に、そうした。
「控えよ! お前は国を二つにしたいと願う佞臣か。」
父も、怒鳴られた者も、目を見開いて私を見つめていた。
「無礼を申すな!」
「申し訳ございません……」
「謝罪の仕方が違うのではないか?」
私が言うと、彼は父の前に平伏した。
父は彼を跨がず、助け起こすと
「二昔前に、俺も同じことを言ったけれど……偉そうだな。」
と、私に向かって苦笑した。
そして
「俺は歳を取ったから、すぐに軍勢を差し向けるのは億劫になった。……大事な時だけにしたいね。」
と言って、にっと笑った。
皆は、固く静まり返った。
父は、謎かけの答えを待つような目で、私を見つめていた。
戦をするのは気が進まないと、父は言った。そこまでは言葉通りだ。その先を言わねばならない。
「父も私も、私情で申しているのではない。国はひとつであらねばならん。都だ、草原だ、ロングホーンだ、ラザックだと言っている場合ではない。戦乱は内から生まれるだけではない。外からもやってくる。長く太平を謳歌できたのは、単に幸運だっただけだ。これからも続くのかはわからない。無駄な争いで、力を削ぎ落としてはいけないんだ。……それは皆もわかってくれるだろう?」
皆は俯いて考え込んだ。武門の者はよくわかっているから、小声で同意する旨を側の者に囁いていた。
デジューが広間を見渡して、反対する者がいないと判断すると
「然るべく。」
と頭を垂れた。
皆も、同じようにした。
私は父の表情を窺った。父は小さく頷いた。
ラザネイトが長く息を吐くのが聞こえた。後で聞いたら、脚が震えて倒れそうだったそうだ。
ラザックシュタールと都を行き来する生活は受け入れさせたが、あまりいい説得方法ではなかった気がした。
あれが、今現在のロングホーンの貴族の意識なのだ。一朝一夕で変わるものではない。これからも、諭していかねばならないのだろう。
私は、必ずやり遂げると決めた。
「アデレードを連れて来た。というか、ついて来た。上町の屋敷で待っている。ラザネイトと二人で、覚悟して来いよ。」
と言って、父は城を後にした。
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