天狼を継ぐ者
13.
父母には、証書を出すのと同時に書状を出した。
私は、朝議の場で、皆にラザネイトを紹介しようと思っていた。
彼女は、広間に出るのは納得してくれた。だが、衣装を用意しようと言うと
「私はセリカの衣装なんか着ないよ。宝石もいらない。」
と膨れ面になった。
仕立師を呼び、草原風の衣装を作ろうと言うと、また拒否された。
「私は草原のラザネイトよ? 誉れ高きカラダーグの娘は、偽物など着ない。」
「ちょっと我儘ではないか?」
そう言ったものの、私はラディーンのヤールに頼んで、衣装を一式借りることにした。それで、彼女も納得してくれた。
数日後。
着付けをする女が要るそうで、ラディーンの女が一緒に二人来た。
部屋で長々と着付けしていたが、なるほどと思うような姿でラザネイトは現れた。
髪を無数の細い三つ編みにしている。それは背中で、大きな金の円盤のついた髪飾りで束ねられていた。これだけでも、相当な時間がかかるだろう。
草原の者が好む瑠璃を繋げた紐を幾重にも頭に飾って、やはり瑠璃のついた鶏の卵ほどある金の耳飾りを下げていた。
巨大な玉の首飾り。腕輪、指環。これでもかと飾り立ててあった。
私は派手さに驚いた。
ラザネイトは襟を撫で、少し不満そうに
「ラディーンは、上着の襟に毛皮をつけるのよ。ラザックは、綺麗な錦織を縫い付けるのに……」
と言った。
極彩色の上着の襟と袖口には、斑点模様の毛皮が縫い付けられていた。それはそれで、珍しく美しかったが、いけないらしい。
「重たそうだね。大丈夫?」
彼女は首を振り、草原の結婚式では男の方がもっと重々しく着飾るのだと言った。
「動けないくらいよ、男は。女は、見るほど重くないの。」
そう言って、苦笑していた。
二人で広間に出ると、貴族たちは騒めいた。
ひそひそと囁き合う中に、“草原の女”、“孕んでいる”という言葉があった。ラザネイトをじろじろと上から下まで眺めている。
彼女は、涼しい顔でその間を通り過ぎた。
年寄りの公達が
「アナトゥールさまの父君の結婚式に参列しましたが、あの方も着飾っておいでだった。草原は凄いですな! 晴れ着はああですか……」
と呆れ顔で感嘆した。
話しかけられた方は失笑し
「ああして、財産を全部、身に着けるとか。」
と言った。
移動生活に伴う古臭い習慣だと嗤っていた。
私が彼女と段上に立つと、また驚きの声を挙げた。
「その方はいったい……?」
「大公さまの右に立つなど……。それも草原の女。」
こらから告げることに諸侯が更に驚くと思うと、私は楽しくなった。ラザネイトを見やると、つんと取り澄ましていた。
「先頃、私はこの女人と結婚した。見ての通り、春に子が生まれる。」
広間がしんと静まり返った。ラザネイトに一斉に視線が集まった。冷淡な眼差しだった。
「大公さまは、宮廷の許可はお求めになられなんだ。」
「そんな結婚は無効ですよ。」
「いきなり……何の冗談ですか!」
批難の後は嘲笑が挙がった。
「証人は、テュールセンのデジューと、先の大公であるコンラートさまだ。」
そう告げると、皆唖然として黙り込んだ。やがて、段の直ぐ下に立っているデジューに、ちらちらと咎める視線が向かった。
「それにしたところで、そんな女……。本当に大公さまのお子さまですか?」
私が怒鳴る前に、ラザネイトが大声を挙げた。
「黙れ! 私に辱めを与えるのか?」
「どこの馬の骨かもわからない女……」
彼女は黙り込んだが、怒りで言葉を失ったわけでも、もちろん言い返せないわけでもなかった。
軽く笑い
「馬の骨は馬の骨だが、軍馬の骨だよ。私は、遠い先祖のころから、シークの御前で働いてきた戦士の一族の出だ。」
と言った。
「野蛮な草原の戦士の娘など、公妃に相応しくない。」
「あんたたちの娘なら相応しいの? あんたたちは、ロングホーンの戦士の末裔。ロングホーンは、その野蛮なラザックの戦士の一族から分かれた。どこが違う?」
ロングホーンの貴族たちは反論できずに黙り込んだ。
考えを巡らせたのかと思ったが、彼女は思ったままを言っただけのようだった。
「それに、ラグナルだって、野蛮な草原の戦士の長の息子。」
宮廷的にはとんでもないことを言って、彼女は微笑んだ。
「それにしたところで……公妃としての務めができるとは思えませんな。」
誰かが言うと、皆賛同した。
ラザネイトは私に
「公妃の務めって何?」
と尋ねた。
「一番は、大公家の血を残すことかな。」
「それか。私は子が出来やすいようだから、心配要らない。ラグナルの子をたくさん産んであげるよ。」
彼女はにっこり笑った。
あからさまな言い様に、私は照れ隠しの笑いを浮かべたが、諸侯の表情は渋くなった。
誰かがまだ不満を口にした。
「宮廷の婦人たちを束ねることも、重要な務めですよ。それは、その女人にはできないでしょう。」
「そのようなことは、重要ではない。」
私が言うと、ラザネイトは違うと言った。
「あんたは女のことを解っていないんだね。その人の言う通りよ。女をまとめる役目は要る。でも、草原の女ならともかく、ここの女たちは私には無理。」
彼女は少し考えて
「その役はあの人。ほら、コンラートの奥さん、あの人がいい。お城のことも、ここの人たちのこともよく知っているだろうし、寂しそうだった。何かさせてあげないと可哀想。」
と言った。
私は本気かと戸惑ったが、彼女には何の不思議でもないらしい。彼女はすっかり納得して、広間の皆に
「私はラグナルの子を産んで、子を育てて、側で暮らす。他はあの人。そうするわ。これは公妃の命令だ。従いなさい。」
と堂々と命じた。
皆、依然として不満そうだったが、何も言わなかった。
私も何も言わなかった。言えなかった。また、言うべきこともない。
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