7.

 トゥーリはコンラートの所に、娘を連れなかった。
 書状には穏やかな文面が並んでいたが、警戒していた。

 温かくした居間に通されると、既にコンラートが待っていた。車いすに乗り、膝に分厚い毛布を掛けていた。彼はトゥーリを見ると、顔を少し歪めた。
「アナトゥール、久しぶりだね。ずっと訪ねてくれなかった。……それも当然だね……」
と言って、寂しそうに微笑んだ。
 トゥーリは黙ったまま、コンラートを見つめた。気まずい間だった。
「……身体は?」
「ああ、変わりはないのだけれど、脚が痩せてしまってね。みっともないから、こうして膝掛けをしている。」
 彼は、動かなくなった脚を撫でた。トゥーリは目を逸らせた。
「あなたが申し訳なく思う謂れはない。私が不覚だったのだから……」
と、コンラートは苦笑した。
 彼は若いころ、彼の父にトゥーリが贈った馬から落ちて、腰から下が動かなくなったのだ。かつて、それをトゥーリの所為だと、彼は責めた。
 年月が恨みを流し去ったのか、コンラートの表情は穏やかで、嘘を言っている様子はなかった。
「そうか……」
 どうしても、会話が途切れがちになる。
 コンラートはため息をつくと
「呼びつけてすまなかったね。大事な話なんだ……」
と言った。
 その後は言いにくいらしく、彼は眉間に皺を寄せ考え込んだ。
「何?」
 トゥーリが促すと
「今度の縁談、私が勧めておいて何だが……断ってくれないか?」
と言った。辛そうだった。
「どうして?」
 コンラートは逡巡しながら語り出した。

 コンラートが紹介した若い公子は、大公家の一族の者だった。その父は、若い大公を補佐する人物で、皆の尊敬を集める申し分のない男だった。
 息子の当人も、父の薫陶のおかげで、趣味も教養も高く、武芸も嗜んだ。文武両道だが偉ぶらず、優しく穏やかな性質だという。
 あまりに欠点がないから、トゥーリは怪しんでいたが、直接コンラートの口から聞くと、彼の様子から見て、まるっきり偽りではないのだと思った。
「ただ、お姿が……」
 コンラートは言い淀んだ。
「不細工なの?」
 あからさまなトゥーリの質問に、コンラートは苦笑したが、また苦しげに
「あなたにあの書状を書いた直後、怪我をなさったのだ。先日、直接会ったのだが……」
と言い淀んだ。
「死にかけているの?」
「いや。怪我は治って、元気ではあるのだが……私のように、身体の機能を損なったのではない。」
「だったら、問題ないね。」
「……若いお嬢さんは、その……敬遠したくなるのかもしれない。」
 婉曲な言い方をするが、要するに顔なのだろうとトゥーリは思った。
「顔に傷が残ったのか?」
「ああ、そうなんだ。」

 傷がどの程度であるのか、ずいぶん酷いようなことを言うが、実際会ってみなくてはわからない。それに、ファラーラが外見だけでそっぽを向くとは思いたくもない。
(中身は充分すぎるほどなんだから、会わせないことにはね。)
 トゥーリはそう考えた。
「今晩の宴席に出席するのだろう?」
「招待はしてあるようだね。」

 それだけ話すと、トゥーリは退出を申し出た。
 出て行くのを見送っていたコンラートが、車いすを進め、トゥーリの腕を掴んだ。そして、彼の手を両手で包み
「すまなかった、アナトゥール。……ありがとう。」
と言った。
 トゥーリが見つめると、俯き
「姉さまは……元気? 幸せなのかな?」
と尋ねた。
「元気だよ。幸せかは……一緒にいるのが俺だからね。推して知るべしだよ。」
 トゥーリが苦笑すると、コンラートは小さく笑い
「姉さまは幸せなんだね。」
と言った。
「……お前は?」
 意地悪な質問だったと、言ってから思ったが、コンラートは
「ああ、憑き物が落ちたようだよ。心静かに暮らしている。妻が、マティルドがよくしてくれるんだ。」
と微笑んだ。

 屋敷に帰り、ファラーラに、相手の顔の話をした。彼女は
「そう。」
とだけ言った。
「断るか?」
と尋ねると
「いいえ。」
と素っ気なく答えた。
 トゥーリは、相手の他の美点を並べ立てるのも、言い訳がましく嫌らしいと、それ以上何も言わなかった。



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