黄金の瞳
6.
城に上がるにあたって、トゥーリは娘たちに、宮廷風の裾を長く引く衣装を用意させた。ナズィーラはファラーラと同じ物を着ると言い張った。
彼は、同じ物ではナズィーラが余計に見劣りすると案じた。それとなく諭すと、彼女は色違いで妥協した。
深い青色の衣装を着たファラーラは、申し分なく美しく、雅やかだった。草原で羊を追っていたとは思えなかった。生まれてからずっと、都で姫君として育ったように見えた。
ナズィーラには、同じ形の緑色の物を着せた。
トゥーリは少しでも彼女が品よく見えるように、姉の物よりずっと高価な美しい生地を使わせたが、まったく効果がなかった。まったく似合わないばかりか、衣装に着られている感が目立った。
(失敗したか……。馬子にも衣裳ってのは、嘘だったのだね……)
ファラーラはナズィーラの衣装をつまんで
「これ、きっと東方の織物よね! 大食のよ。いいなあ。とても素敵! 私もそういうのがよかった。」
と感心した。ナズィーラもはしゃいでいる。
父はもう何も言わなかった。
城の広間には、たくさんの貴族が居並んでいた。
檀上の大公は、都の者のように髪を短く切らず、草原の者と同じく長くした髪を編んでいた。トゥーリが死ねば、次のシークになるから、そうしているのだ。
大公は席を立ち、下りると、トゥーリの前に平伏した。
「尊きシークにご挨拶申し上げます。」
大公はそう言って、額を床にこすりつけた。それは、草原の者がシークにする挨拶の仕方だった。
同じように、皆も膝を折り、床に手をついた。
トゥーリは諸侯の様子に舌打ちをし、大公を跨ぎ、檀上へ上がった。
「父上、お越しいただき、大変嬉しく存じます。」
大公は、また深々とお辞儀をした。トゥーリは苦虫を噛み潰したような顔をしたままだった。
檀上の椅子に座る座らないでひと揉めしたが、大公が座った。
トゥーリが諸侯に向けて、歓迎の労をねぎらった。
檀のすぐ下で、二人の娘は寄り添い、目を輝かせて、父の一挙手一投足を見つめていた。
彼女らの期待を裏切り、父はそれ以上何も言うことなく、広間をねめつけ、諸侯や廷臣の奏上を聞いているばかりだった。
広間の皆は、ちらちらと二人の娘に視線を送っては、側の者と何か囁きあっていた。
奏上が終わると、トゥーリは不機嫌そうに散会を告げ、さっさと檀を下りると、娘たちに
「帰るぞ。」
と言って、早足で広間を去った。
「すごかったよね。権威? みんな、父さまに平伏した。」
ナズィーラが感慨深そうに言うと、ファラーラは
「すり寄っているだけよ。」
と鼻で笑った。
「お前はよくわかっているよ、ファラーラ。あいつらに気を許すな。」
「父さまは、申し分のない高貴な身分に見えたわよ。」
ファラーラがにやりと笑った。
「俺はいつでも高貴で上品。」
真顔で言う父を、彼女は笑った。
「ラザックシュタールで、母さまの尻に敷かれているとは、とても見えなかった。父さまの嘘つきも、あそこまでできると、感服以外の何物でもないわ。」
「尻に敷かれているどころか、上にべったり寝転がられているが、何か? ここでは、素振りにも出してはならん。くそ偉そうな“父公”であり、シークであらねばならんのだ。……いや、偽る必要もない。嘘など申しておらん。素のままを出しただけだ。……嘘は、“くそ偉そう”というところだけか。俺は奥ゆかしいからな。」
父が堂々と呆れたことを言うから、彼女は黙って笑った。
ナズィーラは姉に反論した。
「あら、父さまは嘘つきじゃないよ。ファラーラはおかしなことを言うのね。すぐ嘘を認めるじゃない。本物の嘘つきは、言っているうちに、自分でも嘘か本当かわからなくなるの。父さまは、嘘だって百も承知だもの。」
「そうね。父さまは本気でああ思っているんだから。ご自分をわかっていない残念な男なのね。」
ファラーラはそう言って、父をきゅっと睨んだ。
「そしてお前は、自分の父が何たるかわかっていない残念な女なんだね。」
父は同じような表現で言い返した。
「私はわかっているもん。」
ナズィーラは少し腹を立てているようだった。ファラーラは大笑いしていた。
ようやくファラーラに笑顔が出たことに、トゥーリは安堵した。
だが、気の重いことを言わねばならない。
「くだらないことを話していないで、今晩は集まりがあるって聞いただろ? 着飾っとけ。特に、ファラーラ、お前。」
今晩の宴には、彼女の縁談の相手が来るはずなのだ。そして、相手は高い一族の若君だ。それらしく装わねばならない。
「ええ……」
途端にファラーラの顔が曇った。トゥーリは気が咎めたが
(出会いのひとつなんだから……)
と自分に思い込ませた。
そこへ、小姓が現れた。
コンラートが、トゥーリの至急の訪問を願っているとのことだった。
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