5.

 数日後、トゥーリはファラーラに都へ同道するように伝えた。
 彼女は眉根を寄せた。父がみとめて
「嫌か?」
と尋ねると、すぐに表情を和らげて
「行くわ。兄さまにお会いしたいもの。赤ちゃんも見たい。」
と答えて、微笑んだ。
 彼は妙な気持ちがした。言い返しもせず、すんなり受け入れたからだ。
 そのやり取りをうずうずして見ていたナズィーラが、すぐさま
「私も行く!」
と叫んだ。
「お前は来なくてよろしい。」
「どうして? 私も行きたい。」
「話が途中なんだよ。……これはな、ラグナルに会いにいくだけじゃないんだ……」
 父の言葉の終わるのも待たずに、またナズィーラが口を出した。
「都が見たいの。ねぇ、父さま連れて行ってよ。」
「ろくな所じゃないから、来なくていい……。いやいや、お前には関係のない上京なんだから……」
 繰り返し拒否されて、ナズィーラはしゅんと肩を落とした。
 すると、聞いていた祖母のソラヤが、彼女の味方をした。
「ろくな所じゃないだと? 聞き捨てならんな。何故、ナズィーラは行かなくてよいのだ? ……お前、さてはまた隠し事か? まったくもって、悪さ癖は変わらんな。死ぬまで変わらんのだろう。嘆かわしい……」
 そう言って、じろりとトゥーリを睨んだ。
「母上……今から言うんですよ! 悪さ悪さって、何もしていませんよ。」
「どうだか……」
 むっとして彼は、姉妹に告げた。
「ファラーラの縁談があるから上京するのだ。だから、ナズィーラは来なくていい。」
 三人は驚いた。当然ながらファラーラは言葉もなく、口を空いたまま絶句した。ナズィーラは姉の肩を抱いて、顔を覗き込んだ。
「そうか……。だったら、ナズィーラも行かねばならん。」
とソラヤが言った。
「何故です?」
「相談相手だよ。わからんのか? 脳みそが足りておらんようだな。」
 ソラヤの舌鋒は、老女になったが、少しも鈍っていない。トゥーリはため息をついた。
「母上。先日、私の夢枕に、亡き父上がお立ちになりましてね。寂しがっておられました。すぐにでも、お慰めせねばなりません。あなたでなくてはできませんね。……私は母上の旅立ちをお手伝いできませんが、賢いあなたなら、何とかなさいますよね?」
「私の殿さまは、そのような泣きごとは言わんわ。お前と違ってな!」
「……もういいです……。ナズィーラも同道せよ。」
 ナズィーラは小躍りして喜んだ。
「おばあさま、ありがとう。大好き。いつも私の味方をしてくれるもの。」
「“おばあさま”と呼ぶなと申しただろう? その呼び方するなら、もう味方はせぬぞ。」
「ごめんなさい。ソラヤさま。」
 ぺろりと舌を出す孫娘を、ソラヤは目を細めて見ていた。

 対照的に、ファラーラは浮かない表情のままだった。トゥーリは無理もないとは思ったが、少しでも紛らわそうと
「都はろくでも……いや、草原とは違った趣があるぞ。華やかで、遊ぶところがいっぱいある。」
と言った。
 また、ソラヤが口を挟んだ。
「変な遊びを教えるな。」
「母上は黙っていてくださいませんか? 夜会とか観劇とか、ああいうのですよ!」
 ファラーラは、ソラヤが何か言う前に
「父さま、わかったわ。気を使わないで。」
と言った。
 しかし、気が晴れた様子はないばかりか、瞳が潤んでいた。
 父は、年子の姉妹が抱き合いながら出て行くのを眺めた。
(いつもと様子が違うようだが……。縁談には、さすがに動揺するんだろうな。)



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