4.

 アデレードはデジューの書状から開けた。
 それには、彼らの娘のどちらかを、都の高い家系に貰い受けるわけにはいかないだろうかと認めてあった。結婚して、今は大公家が直轄しているジェールという大きな領地を管理してもらいたいともあった。

 長い間、異質だと差別されてきた草原の者も、トゥーリが大公の父となったことで、表面上は以前のような扱いはされなくなってきた。
 都と草原とがまとまって、強固な国を作らねばならないという考えに一致してはいた。
 だが、両者の間は、完全には馴染んでいない。
 血縁になるのが一番早く馴染むが、通婚の差別は根深かった。
 家系に草原の血を入れるのは厭わしいと、思われているのだ。
 摂政役のデジューはそれを案じていた。

 アデレードは書状を閉じ、トゥーリの顔をじっと見つめ、コンラートからの書状を取り上げた。
 手が震えていた。弟が彼女の夫にしたこと、彼女自身にした仕打ちを思い出すと、身震いが出たのだ。
 険のある性格の弟だった。位を退いて、静かに隠遁生活をしていると聞いていたが、生来の性格が変わったとは思えなかった。どんな酷いことが書いてあるのだろうと思った。
 意を決して開けると、意外なほど丁重な文句が並んでいた。
 かつての行いを悔い、謝罪する言葉。長々と自分の穏やかな生活ぶりが書き連ねてあり、その暮らしはトゥーリが与えてくれたと思っていると書いてあった。憎むどころか、感謝の言葉すらあった。
 そして、デジューの書状と同じことが書いてあった。
 彼の書状には、具体的に娶らせる若い公子のことも書かれていた。

 アデレードは渋い顔で、書状を閉じた。今まで隠されていたことが不愉快だった。何より、勝手に娘の結婚を決めようとしていることが嫌だった。
「それで? 行くつもりなのね。」
 彼女の言葉には、責める響きと怒りがこもっていた。トゥーリは怯んだ。
「まあ……そうなんだが……。娘に無理強いはしないよ。嫌ならいい。」
「じゃあ、断りなさいよ!」
 彼はおどおどと言い連ねた。
「でも……デジューさまの言うのももっともだろ? いや、娘が嫌だって言うなら仕方ないけれど……。まず会うだけでもだね……」
 その言い様を聞いて、彼女は、怒鳴った。
「何言っているのよ! あんた、自分は政略の結婚から逃げた口じゃない。娘には強いるの?」
「強いるって言っていないだろ! 逃げた、逃げたって……何だよ! お前だって、似たようなものだろ。偉そうに俺だけ責めるな。」
 二人とも勇ましくお互いを責めたが、ほっとため息をついた。
「ファラーラを?」
「うん……」
「可哀想……。あの子、きっと無理しても受け入れるわ。」
 トゥーリもその予感は持っていた。皮肉屋だが、長女らしく我慢をするところがあった。
 答えられずにいると、アデレードはぽろぽろ涙を落とした。
「娘たちには、私たちみたいに、愛情のある結婚をしてほしいのよ。」
「また泣く……。ほら、その男が嫌な奴かどうか、あいつが気に入らないかどうかなんて、わからないだろ? 出会いのひとつだって。」
 彼も内心苦かった。
「一緒に来るか?」
「ヴィーリが心配だし、この前行ったばかりだから……よすわ。」
 行かないのは、ヴィーリの怪我の所為ではないことはわかった。
 だが、彼女の憂鬱そうな表情を見ると、来るように強要できなかった。



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