黄金の瞳
20.
数日後、ヘクトールがジェールに封じられると触れが出た。
春隣の祭りの日に、受爵式が行われるということだった。
祭日ゆえ、朝議はない。大公はヘクトールを気遣って、宵に式典を行おうと申し出たが、拒否されたということだった。
ファラーラとナズィーラは、トゥーリと同行を希望した。トゥーリは、式典には婦人はあまりこないことを理由に断ったが、押し切られた。
広間には、思いがけずたくさんの貴族たちが集まっていた。大公の補佐をしているマグヴィ卿を慮ったのか、大領主の受爵に敬意を払ったのか、両方なのだろう。
「ヘクトール殿の顔。ずいぶん酷いそうな。お可哀想に。」
「母君は失神なさったとか。」
「端正だっただけに、悲劇ですなあ。」
無責任な、枝葉のついた話が囁かれていた。
諸侯は、彼の顔の不運な変化にこそ、一番の興味を惹かれているのだ。同情するようなことを言うが、下世話な好奇心を抑えられない表情だった。
トゥーリも二人の娘も不愉快だったが、堪えた。
延々と続く卑しい噂話に、ナズィーラは突き上げるような怒りを感じた。
大声で批難しようと一歩前に出ると、父と姉に止められた。二人でさえも皆に阿っているようで、嫌だった。
「止めなさい。余計に話に華が咲くんだから。」
「いいえ。正しいことを言わねばならない。」
「恥知らずなやつらは、悔い改めることなどない。それに、ヘクトールが、陽のあるうちの式典を望んだんだ。覚悟の上ということだよ。」
二人に窘められて、彼女は下がった。唇を噛み、悔し涙を堪えた。
やがて、ヘクトールが現れると、皆注目したが、慌てて目を背けた。想像以上に酷い傷だったのだ。皆黙り込んだ。
トゥーリはフェラーラに目配せした。ファラーラは小さく笑った。気づいたナズィーラが問うと
「見てみろ。品性の卑しいやつが誰か、ありありと判る。」
と答えた。
広間を見渡すと、その言葉の意味がわかった。
ヘクトールは胸を張り、堂々と式典に臨んでいた。人々は、彼の顔を凝視することはしなかったが、拍手で祝った。
彼は、さすがに平静とは言えなかったが、顔を上げて、祝意に応えた。
そして、ナズィーラのいるのを見て、小さく笑いかけた。
ヘクトールは退出間際、彼女らの前に立つと
「今晩は私の為の宴席が設けられるそうです。父公さまはいらしてくださいますか?」
と尋ねた。
「行かないわけがない。」
ヘクトールは満足そうに微笑んで、今度はファラーラに
「ご結婚されると聞きました。おめでとう。」
と言って、頭を垂れた。
祝意しか感じられない言い方だった。ファラーラがたじろぐほどだった。トゥーリが
「話したのは、ナズィーラか。」
とため息をつくと、ヘクトールは笑って
「“ひばり”の歌は私にも聞こえる。喜びの歌は、余計に高らかに聞こえました。」
と言った。
「読売りのような真似を……お恥ずかしい次第……」
トゥーリも気圧されていた。
ナズィーラは、ヘクトールの立ち去る姿を誇らしげに見つめた。
トゥーリはこっそりその様子を見て
(ナズィーラが……? まあ……見違えるほどに、自信を取り戻した。……何をしたのだろう?)
と首をひねった。
「私、今晩の宴に出るわ。父さまが何と言おうとね!」
トゥーリは、ナズィーラが恋をしているのを、遅ればせながら気づいた。
(風の神は、ファラーラではなく、ナズィーラをヘクトールに吹き寄せたか……。心憎い采配ではあるな。)
彼は苦笑して
「そうするといい。」
と言うと、大声で笑い出した。
諸侯が驚き、怪訝な目を向けていた。
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