2.

 二人が宿営地に到着すると、ヤールが出迎えた。
 彼は平伏し
「尊き大族長シークにご挨拶申し上げます。」
と決まり文句を言った。
「お泊りに?」
「いや。奥さんが待っているだろうから。」
「いつまでも仲睦まじいですな。」
「……尻に敷かれているんだよ。知っているだろう?」
「社交辞令です。」
 ヤールはにやりと笑った。
「冷たいものでも……」
 ちょうど家畜が帰ってきた。べえべえと水場に殺到している。
「ファラーラ!」
 少女が駆け出した。二人の娘は抱き合い、けらけら笑っては楽しそうに話していた。
 それを眺めやり、ヤールはシークを天幕に招き入れた。

 二人は冷えたエールを飲んだ。
「ラディーンのところはいかがでした?」
「平穏。あいつらは物足りないのかもしれないね。」
 気性の荒い、勝負ごとの好きなラディーンの氏族のことをそう評すると、ヤールは苦笑した。
 もちろん冗談であることはわかっている。
「それから……都へ行かねばならんようだ。」
「それはまた……何か困ったことでも?」
 シークは少し言いよどんだ。
「いや。摂政役のデジューさまが引退なさるそうだから。大公が心配なんだよ。若いからね。」
「若いから心配? 案ずるには及びませんよ。トゥーリさまは、四つからシーク。ちゃんとやってこられた。同じことでしょうよ。」
 ヤールを始め、草原の者は今でも、自分達のシークを“アナトゥール”と本来の名前では呼ばず、子供のころから呼び慣れた“トゥーリ”という愛称で呼んでいた。
「そりゃ、そうなんだけど……。何だ、その……親心? それ。息子がどうなのか、確かめねばならん。」
 ヤールは大笑いした。
「親心? 娘二人、息子三人、全員野放しにしているのにね。しゃしゃり出るんですか。」
「野放しって……手綱を長くしているだけだよ。失礼な。自分のことを鑑みてだね、締め付けてはよくないのだ。……俺を見てみろ。母上の失敗した子育ての結果だよ!」
「そう言ったものでは……」
「そうだよ! 俺みたいなのを量産してはならん。細心の注意を持って、母上から遠ざけて、野放し……いや、自由に育てているんだ。皆、いい感じじゃないか。」
 トゥーリが力説するほど素晴らしいわけではないが、彼の子供たちは素直に真っ当に育ってはいた。それは彼だけではなく、母のアデレードの努力の賜物でもある。そして、彼は認めたくないだろうが、祖母のソラヤの助力の結果でもあった。
 ただ、ヤールには気がかりなこともあった。
「ファラーラさまはともかく、ナズィーラさまがね……」
 トゥーリの目が厳しくなった。
「“ひばり”がどうした?」
「……ちっとも、娘らしくなりませんなあ。」
「悪いか?」
 じろりと睨まれ、ヤールは首を垂れた。
「失礼なことを……。都には、トゥーリさまがお一人で? 奥方さまはお連れにならん?」
「アデレードはどうかな……。末っ子のヴィーリが腕を折ったからね。かかりっきりだ。……ファラーラを連れて行く。」
 娘を連れて行くと言った時、少し声色が沈んだ。ヤールも気づいたが、それを質すことはなかった。
「さようですか。」
「うん。娘たちは? そろそろ帰るよ。」



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