黄金の瞳
12.
ナズィーラは、寝台に座ったまま、何度もため息をついた。
月もない夜だった。
彼女は立ち上がり、窓に映った自分の姿を見つめた。
(狼みたいな黄色い瞳……。冴えない亜麻色の髪。そばかすだらけの肌。美しい父さま、可愛い母さま。老いてなお凄みのある美貌のおばあさま。私は誰にも似ていない。醜い。)
父親似の姉と弟たち、母に似た兄。どうして、自分だけが違うのだろうとため息をついた。
宮廷で、ファラーラと見比べられたこと。扱いにはあからさまな違いがあったこと。気にしないでいたが、それは彼女にもわかっていた。
草原では、都ほどではなかった。
しかし、男たちはやはり美しい女には目がなかった。彼女を恋愛対象として見る男はいなかった。
彼女はそれを当たり前に思い、色恋抜きに親しんでくれる男たちと良好な関係を続けてきた。
(今更……)
彼女はじっと自分の姿を見続けた。
かたりと扉が開き、父が現れた。
「何をしている?」
暗闇が素直な気持ちを口にさせた。
「自分を見ていたの。……私はその……見苦しいなって……」
ナズィーラは、窓の姿から目を逸らし、俯いた。
「容貌を気にするなど……。今までそんなことを思っていたのか?」
「ううん。……ほら、私も年頃だから。」
苦笑すると、父も軽く笑って
「やっと、その気になったか。姿など……俺を見てみろ。非の打ち所のない美貌を損なってあまりある性格の悪さ。ばばあ、いや、お前のばあさま、あれなどもひどいぞ。美しいからって、素晴らしいわけではない。」
と言ったが、何の慰めにもなっていない。
「それは慰めているつもり?」
「ひとつの美点を全てだと思うなということさ。」
「うん。」
父の言葉は、世間一般では正しいとされることだが、実際は綺麗ごとにすぎないと知っている。正しく美しい言葉で慰められたり、騙されたりするほど、まるっきりの子供ではない年齢なのだ。少しばかり勇気づけられる気持ちはあったが、やはり彼女は俯いた。
「父さまは綺麗だもの。美しい人には、そうでない者の気持ちなどわからない。」
父は困った顔をした。
「……この屋敷に鏡のないわけがわかるか?」
問いかける目を向けると
「俺は鏡を見るのが嫌いだからさ。己の姿が嫌いなんだ。見たくない。」
と言った。
彼女は贅沢だと思い、眉をひそめた。
「俺は父親と瓜二つだそうだ。いつも比べられた。どうしたら、俺は俺になれるのか……。今でも思うことがある。親父より立派な振舞い、親父より正しい行い、親父より勇敢な行動……縛られているよ。」
「そう。……でも、それは私の悩んでいることとは違う。」
「そうだな。でも、容貌で悩んでいるのは同じだろ? 変えられないことも。姿を見れば、すぐにそれにとらわれる。居もしない親父の亡霊に悩まされるなど、愚かなことだ。……お前とて、容貌を酷評する己の幻聴に惑わされてはならん。」
父は黙って彼女の背後に立った。彼女の頭を両手に挟み、上げさせると
「輝く瞳。煌めく黄金の瞳。……お前だけにしかない輝きが、お前の存在を指し示す。顔を上げていろ。“ひばり”の鳴かない空は、くすんでしまう。歌って、遠くまで喜びを運べ。」
と囁いた。
ナズィーラは泣き出した。
「歌を……前みたいに歌をうたえない。みんなが私の歌を聴いて笑って、嬉しそうにした。でも、今は何を歌っても、ひとを喜ばせられない。たった一人だけでいいのに。」
「……お前の歌に、無かったものが生まれるのかもしれないな……」
「無かったもの?」
「本当のお前の心の経験が、歌に滲むようになる時、聴く者は涙を流すだろう。」
彼女は、父の瞳の奥をじっと見つめた。深い緑色の瞳の奥に、哀しみがあった。その哀しみが何故なのか、彼女にはわからなかった。
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