7.

 ユーリは目隠しのされた馬車に押し込められ、両脇を屈強な男に固められていた。
 彼らは家に突然押し入り、驚く母親に一言の誰何も許さずに、剣を突き差した。そして、立ち尽くす彼を乱暴に引き立てた。
 悲鳴を上げる暇もない素早い仕事だった。
(母ちゃんは死んだのかな……? こいつら、俺をどうするつもりなんだ?)
 ちらちら男たちを見たが、無表情で無言だ。
 馬車に乗せられた直後に
「あの……」
と尋ねかけたが、即座に
「黙っておれ!」
と厳しく言い放たれた。彼は怯え、それ以上の質問ができなかった。
 馬車は馬を休ませる間だけ止まったが、走り通しだった。
 食欲も眠気も湧かなかったが、食事は与えられ、毛布も渡された。しかし、寝るのも食事も、馬車の中で、監視されながらだった。用足しでさえ、馬車の中に桶を持ち込んでさせられる徹底ぶりだった。
 その時に、わずかに開く扉の間から外をうかがったが、クルジェから出たことのない彼には、場所の見当すらつかなかった。

 馬車が止まった。いつも停車する時とは様子が違った。
(どこかに着いたのかな? )
 何が起こるのか不安になり、震えが出た。
 男たちは彼を引きずり出した。外は闇夜だった。城の中庭のようだった。
(立派な城……)
 戸惑い、脚が竦んだが、男たちはお構いなしに腕を掴み、城の中に連れた。

 やがて、豪華な内装の部屋に入れられた。中には、身なりのいい男が数人立ち並んでいて、その奥の長椅子に、更に身分の高そうな男が座っていた。
 男たちはかしこまり
「この男でございます。」
と言って、頭を垂れた。

 立ち並んでいる男たちが、じろじろとユーリを見つめた。
 座っていた男は
「大儀。」
と声をかけ、ユーリに歩み寄った。
 ユーリはぶるぶる震え俯いた。男は彼の顎を上げさせると、顔を覗きこんだ。
「お前の瞳は青か。」
 青い瞳の者は多くはないが、珍しいというほどでもない。ユーリはどう答えていいものかわからず、無言で男を見上げた。男はまじまじと彼の顔を見つめ
「色調は似ているが、色が少し薄いようだ。下賤な血が混じったからか? ……だが、目鼻立ちがサーシャによく似ているな。」
と呟き
「皆、そう思わぬか?」
と周りの者に尋ねた。
 皆がユーリを取り囲んだ。
「さようですな。サーシャさまを見知っているものが見れば、なるほど間違いないと思うでしょう。」
「それにしても、行い正しいサーシャさまが、隠れてこんな不品行をなさっていたとは……。奥方さまのあのご実家の手前、堂々とはできなかったのでしょうがねえ……」
「まあ……奥方としっくりいっておらぬのは、周知のことであった。サーシャさまも人の子、生身の男であったということでしょう。」
 そんなことを話しては、卑しい笑いを浮かべていた。

 最初に話しかけた男が
「お前の母は、リラという名前で間違いないな?」
と尋ねた。
(なんで、母ちゃんの名前を……?)
「どうなんだ!」
 大声にびくりとし、ユーリは何度も頷いた。
 男は満足そうに頷き
「皆、確かなようだぞ。」
と言って、高笑いした。
「サーシャの息子。名前は?」
「……俺の父ちゃんは、サーシャなんて名前じゃねえよ。」
「おお! 酷い百姓言葉だ! 改めさせねばならん。」
 皆、げらげらと笑った。ユーリは唇を噛んだ。
「まあ、よい。私の質問が聞こえただろう? 答えよ。」
 尊大な言い方だった。
「……ユーリ。」
「ユーリ……。ユーリ・カスティル=レニエ。悪くない。」
(何を言って……)
 ユーリは言葉を失って、周りを見た。皆、満足そうに頷いている。
「ユーリ・カスティル=レニエ。鬼神の青い瞳の男。お前が本日からレニエの伯爵だ。」
 ユーリは目を見張って、男を見つめた。
「ほれ、王さまにお礼を申さんか。高貴な名跡と広大な領地をいただいたのだぞ。」
「王さま……?」
 王は鼻を鳴らし、長椅子に座ると
「ああ、よかった。レニエの面倒は解決するだろう。何しろ、カスティル=レニエ家の血を正しく引く者なのだ。……正しくでもないか。だが、この男の他に直系の男子はおらんのだから、納得せねばな。」
と言って、にっと笑った。

 そして、王は眉をひそめてユーリを眺め
「木靴に、つぎだらけの服ではいかん。それなりのものを整えてやれ。格好だけでもそれらしくさせよ。」
と命じた。
「それはそれは……何から何まで、至れり尽せりですなあ。……お前、いや伯爵さま、お喜びなさい。」
 ユーリは呆気にとられたまま、男たちに連れ出された。



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