5.

 レニエには、王の代官が派遣され、統治に当たった。
 領民は冷淡だったが、当初は代官に従っていた。
 だが、港を視察しに出た代官は帰ってこなかった。船に乗り、沖に出たところ、波に呑まれたとのことだった。
 王はすぐに代わりの者を遣ったが、今度は落馬して首を折って死んだと報告があった。
 その後も、狩りの最中に熊に襲われただの、暴れる牛に突かれただの、高所から転落しただのと、死の報告が続いた。
 不審な事故死が続くのに、王はよくよく選らばなくてはいけないと考えた。
 不可解な死を遂げるかもしれない土地に、気に入りの者を送りたくはない。
 王は、すぐにルーセの伯爵を思いついた。秘密を共有しているのをいいことに、態度が大きくなり始めた彼を疎んでいたからである。
 申しつけると、ルーセの伯爵は難色を示した。事情を知っているから、恐れているのだ。
 王は
「そなたなら巧くできるだろう。」
と誘った。
 それでも考え込んでいる。
「レニエをうまく取り回せるようなら、そなたに与えよう。私はそなたをかっているのだ。」
「護衛をつけていただきたい。」
 王は数人の騎士をつけて送り出した。

 ルーセの伯爵は、レニエの城に居を構えたが、港には近寄らず、狩りもせず、領民と交わることもしなかった。
 リオネルの母親と誼を通じることに努めたが、彼女は固い態度のまま、気を許すことがなかった。
 執事も慇懃な態度だが、最低限の仕事しかしない。
 領地の様子を尋ねても
「皆、それぞれの仕事に勤しんでいます。」
と答えるだけで、詳しい様子は
「さて……。何の不都合も聞いておりませんから、全て滞りなく運んでいるのでしょう。」
とそっけなく答えた。
 万事がそういう具合だ。
(居心地が悪いわい……。うまくやって、王の寵を得たいのだが……)

 やがて、税を納める時期になると、伯爵は多くを納めることを思いついた。いいことに、城の蔵には葡萄酒の樽が所狭しと並んでいる。それを売り払って、金子なり小麦に替えれば、相当な額になる。
 執事と、蔵を管理している者たちに言いつけると、彼らは口々に反対した。
 若い酒は、時間を食わせないと良くならない。今売っても、本来の儲けは出ないと忠告したが、伯爵は聞き届けなかった。
 酒は、出入りしている商人にごっそり売りさばかれた。如才ないマラガの商人などは、買いたたいて行った。
 レニエの領民は、樽が運び出されるのを恨めしい目で見つめた。
 当然、いつものような額にはならない。それでも、レニエの分の税になり、ルーセの分も賄えた。
 王は充分な納税に満足したと書簡を送ってきた。
(もっと王の関心を惹きたい……。その前に、私の暮らしも充分にしたいものだ。)
 伯爵はマラガの商人の持ってくる贅沢品を買い上げ、自分の周りを飾ると共に、王にも献上した。
 どんどん贅沢を覚え、生活を維持するための資金も苦しくなると、伯爵はそのまま利益になる小麦を作ることをレニエに強いた。
 領民はいい顔をしなかった。
「レニエの土地は、さほど小麦には向きません。毎年充分な収穫を得られるとは思えません。」
「その年の畑は休ませて、次の年は新たな畑に作るのだ。」
「土地の余裕がありません。」
 農民に、庄屋とはいえ百姓に、そうまで抗弁されることは、彼にはなかった。
「葡萄畑を潰せ!」
 大声を出したが、相手は怯むどころか昂然と意見した。
「葡萄酒と小麦と、どちらが儲けを産むかお考えなさい。殿さまは若い酒を売りなさるが、育てれば、小麦の何倍にもなる。今年は、決められた以上を王さまに納めた。無理しなくてもいいでしょう? 少しゆったりと構えてはどうです? リオネルさまなら……」
 伯爵は激高した。
「慮外者! 謀反人の名前など出すな! 私こそが、レニエの主なのだ。黙って従え!」
 庄屋たちは目配せし、頭を下げた。
 伯爵が不機嫌そうに出て行くように促すと、一人の庄屋が去り際に
「レニエの鬼神は、さぞかしお怒りでしょうな……」
と言って、にやりと笑った。

 その数日後、伯爵は橋に吊るされた。護衛の騎士たちも撲殺されて、橋の下に転がっていた。

 王はその報告に烈火のごとく怒った。今まで送った者たちも、レニエの領民が闇に葬っているのではないかと思っていたが、公然と殺害したのだ。
 王はレニエの討伐を思いついたが、王家の持っている兵を全て差し向けることはできない。諸侯に命じるにも、報奨を与える余裕はさほどない。
 また、一旦レニエを治めても、一連の排他的な振舞いを思えば、いつまで平穏でいるかもわからない。
(レニエを治めるのにふさわしい者は……? レニエに根付いたカスティル=レニエの血を引く者でなくてはならないのか……? )
「カスティル=レニエの眷属はどれくらいいるのかな?」
 廷臣たちは王の意を察したが、残念そうに
「リオネルさまは一人息子でしたから……」
と答えた。
「サーシャの兄弟は?」
「弟君たちはそれぞれ相応の女相続人と結婚して、そちらの領主になっておられます。」
「彼らにレニエを任せられないか?」
 その思いつきにも、残念な応えが返ってきた。彼らの現在の領地がレニエから遠いこと。レニエの領地と合わせると、おそろしく広大な土地を所有する大領主が誕生するまずい状況になってしまうこと。
 リオネルの従兄弟に当たる男たちも同じようだった。
 皆、考え込んだ。方策は見つからなかった。



  Copyright(C)  2015 緒方晶. All rights reserved.