第三の戦い

1.

 ヴィダルは、エレナとニーナを下町の木賃宿に連れて行った。
「お嬢さま。我々がレニエの縁者だと知られても、いいことなんかない。今はね。不本意でしょうが、こっそり忍んで都を出なくてはならないんです。しばらく、ここに潜んで……」
「……リオネルは?」
 エレナの問いに、ヴィダルは答えられなかった。
「どうするの?」
 エレナは再度問いかけた。
「リオネルさまは……焼かれておしまいになるから……。レニエの墓に入れるものは……」
 ヴィダルの声がどんどん細くなった。エレナは、眼尻を上げた。
「墓のことなど言っていない! リオネルの名誉はどうなるかと言っているのよ!」
 ヴィダルはニーナと顔を合わせた。エレナは二人を交互に睨んだ。だが、二人とも悄然と顔を下げたままだった。
 彼らも、エレナ自身も、リオネルの為にできることは思いつかなかった。
「ともかく……リオネルさまのご遺骸は、明日にも焼かれるのでしょう。お灯明のひとつでもあげたいところなんだが……」
 そう言って、ヴィダルは窓の外を見やった。まさに陽が落ちようとしている時間だ。彼は、女を連れ歩ける時間ではないと思った。
「俺が、今日のところは蝋燭をあげて、役人に鼻薬をかがせておくから、お嬢さまは明日の朝早くに。」
 それ以上のことは無理なのだ。悔しいが、三人はそれで納得した。

 夜闇の中、ヴィダルは件の礼拝堂を訪れた。役人はいなかった。
(ねぐらに帰ってしまったのかな? ……まあ、死んだ謀反人を見張ったところで、何をするわけでもないしな……)
 面倒な交渉をしなくていいのは助かるが、エレナをこっそり会わせる算段ができないのは困った。しかし、明け方早くに連れてくれば、役人に見咎められずに会わせられるだろうと軽く考えた。
 人気のない礼拝堂は、改めて見ると恐ろしかった。
 建物の佇まいもそうだが、非業の死を遂げたリオネルのこと、奇妙な病のことを思うと、余計恐ろしい。
(怖気づくんじゃないよ、ヴィダル。ご主人さまは、死んだってご主人さまなんだ。よくしてもらったじゃないか? 俺だって、よく仕えた。俺をとり殺そうなんてしないさ! )
 彼は自分を鼓舞し、礼拝堂の扉を細く開けた。
(失礼しますよ……?)
 恐る恐る中を覗くと、祭壇の側にいくつか人影が見えた。棺を取り囲んで、何かしている。金属が転がるような音が微かに聞こえた。
(何だ?)
 すると、棺の蓋に打たれた釘を抜いているのが見えた。
 ぎょっとして、もっとよく見ようと、首を突っ込んで目を凝らしたところ
「誰だ!」
と、背後から大声がかかった。
 振り返ると、黒い外套を身に付けた男たちがいた。ヴィダルは、ゆっくりと息を吐き
「お前さんたちこそ、誰だ? 王さまの兵か? そうは見えないが?」
と言った。
 その言葉が終るか終らないかのうちに、男たちは黙って剣を抜いた。ヴィダルも剣を抜いた。
 斬り合いになったが、多勢に一人である。どんどん追いつめられ、とうとう一太刀浴びせられた。傷は深かった。
 ヴィダルは傷を庇い、じりじり後ずさりした。足が堤の端にかかり、彼が一瞬後ろを振り返った時だった。
 一人が彼の肩をぐっと押した。彼は堤を転げ落ち、水しぶきを上げて川に落ちた。暗闇ばかりか、川は雨で増水しており、深かった。
(ああ……畜生!)
 彼は手足をばたつかせたが、傷ついた肩をうまく動かせず、泳ぐどころか流され始めた。
(あいつら……変な訛りがあった……。お嬢さまに伝えなくては!)
 そう思うも、力はどんどん抜けて、とうとう流されていくままになった。

 男たちは堤の上から様子を見つめた。
「落ちたな?」
「ああ。深手だった。泳ぎ着くことはできないだろう。」
「うん。水の量も多い。溺れるだろう。」
 彼らはそのまま素早く去って行った。



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