12.

 雨がしとしとと降っていた。灰色の都の通りを、粗末な荷馬車に乗った粗末な棺が運ばれていく。
 荷馬車が近付くと、人々はさっと道をあけた。
 リオネルが奇妙な病で頓死したことはもう知れ渡っており、ひそひそと囁き合っては、恐ろしげに眺めている。
 エレナは、ニーナとヴィダルを連れ、人ごみの中にいた。外套のフードを目深にかぶり、リオネルの棺を待った。

 荷馬車が来るのに前へ出ると、泥水が跳ねて彼女の顔を汚した。雨ざらしの荷台に、覆いもなく置かれた棺が見えた。
 リオネルの棺を実際に見て、エレナは放心した。
 荷馬車が早足に去ると、黙りこんで見送っていた人々が口々に話し出した。
「当然の報いさ。」
「王さまを殺そうとしたんだ。ぽっくり死ぬなんて、幸運だよ。」
「腸を抜かれるところが見たかったのになあ。」
 それを聞いても、いつものように言い返す気力もなかった。
 棺を見物した人々が散っても、彼女はそこに佇み続けた。
 ヴィダルがおずおずとエレナの袖を引いた。
「お嬢さま、そろそろ……」
「ええ……」
 エレナはヴィダルとニーナに促され、俯いて踵を返した。
「雨は嫌い……」
 彼女はぽつりと呟いた。ヴィダルもニーナも聞き取れず
「え?」
と声をそろえた。
 エレナは二人を交互に見ると、元いた方に走り出した。
「ちょっと! お嬢さま!」
 二人が慌てて追った。
 小さくなった荷馬車に向かって、彼女は
「リオネル!」
と叫んだ。
 エレナの叫び声に、何人かが振り向いた。
「こりゃ、まずい!」
 ヴィダルがエレナを抱きとめた。彼女はへなへなと座り込み
「リオネル、リオネル・ドナシアン! 私はあなたに大事なことを伝えていない!」
と叫んだ。

「お嬢さま、お嬢さま……」
 ヴィダルは、露わになったエレナの赤い髪にフードを被せ、辺りを見回した。驚いて見ていた人々は、すっと視線を逸らした。
「……ヴィダル。リオネルはどこへ?」
「さあ……」
 ニーナが、通りに残っていた老人に尋ねると
「街の外れに、古い礼拝堂がある。川の側の小さなやつだ。そこにやって……。河原で焼くってさ。」
と教えてくれた。
「焼くですって!」
 キャメロンの国では、土葬の習慣だった。遺骸を焼くのは冒涜だと思われていた。
「あんたら、レニエさまの身内かなんかかい? 奉公人か? 困った主を持ったもんだね。……まあ、謀反人なんだし、変な病気だったって言うじゃないか。墓地になんか入れられやしないよ。可哀想だが、しかたない。」
「そう……」
 老人はじろじろとエレナを眺めていた。
 ヴィダルは老人を睨むと、エレナを抱えて立ち去った。



  Copyright(C)  2015 緒方晶. All rights reserved.