7.

 ようやく話が始まった。
 シークは、リオネルが死んだという情報を持っていた。驚くことに、かなり詳しいことを知っており
「俺はレニエと組んで、キャメロンを手中に収めようと企んでいたそうだな。」
とにっと笑った。
「そうなっている。」
「事実ではないのは、俺がよく知っているが、キャメロンの王はそう信じたようだな。」
「そうとも言えない。偽りだと知って、俺を排除する口実にしたのかもしれない。」
「お前は、王に都合の悪い人物なのか?」
「都合は良くはないが、悪くもない。他の諸侯と同じだろうよ。ただ、レニエの港を勝手に整備したのと、富をため込んだのは気に入らなかったのだろうな。」
「人が豊かになりたいと思うのを憎むのか?」
「自分が豊かになるのを優先するんだろ。」
「それが王か。……他には?」
「さあ……。あとは、俺が偉そうだからかな。」
 リオネルがにやりと笑いかけると、シークは笑い出し、笑い咽て
「ああ。その理由の方がしっくりいくな。」
と言った。

 シークは虚を眺め、しばらく考え込んだ。
「それで、お前は俺に何を望んでいる? 何を求めて来た?」
 リオネルは、気を落ち着かせ、声に震えも躊躇いも出ないように努めた。
「……草原を渡る船と船頭を貸してくれ。」
「なるほど……。俺は何を得る?」
「あなたは、海を渡る船を熟練の船乗りごと得る。キャメロンまで大量の岩塩を運んで売ればいい。」
「要らん。草原に船を着ける場所はない。」
 そう言ったものの、シークは断っているのではなく、リオネルが何と応えるのか待っているようだった。
 リオネルは、試されているのだと思った。
「マラガの港がある。」
「マラガの港を使うなら、借り賃が要るではないか。自前の船で、マラガを通さないからといって、賃料がかかれば、さほど儲けは変わらんのではないか?」
 その言い分は概ね正しい。しかし、他の者が言うのならば、と但し書きがつく。リオネルは笑い出した。
「また……」
 シークはじろりとねめつけた。
「何が可笑しい?」
「大族長にふっかける度胸のあるマラガの商人がいるのか?」
「どうかな……?」
 シークはリオネルに視線を据えたまま、薄ら笑いを浮かべた。そして、涼しい顔で
「まあ……法外な借り賃をふんだくる奴がいれば、殺せばいいか。代わりはいくらでもいるからな。一人殺されれば、金と命とどちらが大事か、阿呆でも分かる。」
と言った。
(残忍なことだな……。マラガの商人も、このお人の性質はわかっているだろうがね……)
「ま、そうとも言えるな。阿呆な命知らずがいないことを祈るよ。」
 リオネルは、ため息交じりに苦笑した。シークも楽しそうに笑った。ここまでは順調だと、リオネルは一先ずほっとした。

 話は更に難所に入った。
「それで……お前はキャメロンに帰ってどうする? 死んだことになっているんだろう? 戻ったところで混乱を呼ぶだけだ。もう既に、キャメロンは混乱の内にあるがな……。混乱の上に混乱を呼ぶというものだ。」
「キャメロンを在るべき姿に戻すんだ。」
「キャメロンは今、お前の想像以上だぞ。王のお袋さますら、王と闘っている。まったく野蛮人どもめ。自らのお袋さまに剣を向けるなど、罰当たりにも程があるわ。また、諸侯どもも、己らの主に歯向かうとは、恩知らずであるな。」
 シークはそう言って、鼻で笑った。
「あなたはそう思うのだろうな。ラドセイスは大公の許、しっかりと治まっている。下が上に歯向かうことなどないのだろう?」
「ああ、その通り。俺は大公の命に絶対服従だ。不本意ながらな。……おお! いかん、いかん。不本意でも異存はないぞ。」
 シークも、聞いた近習も小さく笑っていた。失言とばかりも思えなかった。
リオネルは、ラドセイスも完全な一枚岩ではないのだと確信したが、どうこうするつもりはない。聞き流しておくことにした。
「どうだか……。キャメロンはラドセイスとは違う。国の成り立ちがね。諸侯の力の強い土地柄なんだ。王が急激に力を得ようとすれば、反発が大きすぎる。」
「……いつまでも、土豪同士で争っているがいいさ。捩じ伏せる力のあるやつはいないんだろう? 焚きつける者はいてもな。今回は、古の帝国の亡霊が吼えたてたそうではないか。」
 嘲笑うような口調だった。完全に侮られている。この国では、問題を解決するのは武力なのだ。
 頭からそう信じ込んで疑わない相手をどう口説き落とすか。リオネルは、ここからが勝負だとシークをじっと見つめた。
「捩じ伏せるやつはいないが、説き伏せることはできるぞ。協力することもできるだろう。」
 シークもリオネルをじっと見つめていたが、肩脱ぎしていた上着を着こんで立ち上がった。
「どうやって? ……話が大きすぎて全体が見えんわ。お前の申し出、断る。キャメロンになど、戻らずともよいだろう? わざわざ、苦労しに戻るようなものだ。俺はお前を嫌いではない。ラザックシュタールに屋敷をやる。そこで、その女と暮らせ。」
 説明すら聞くつもりもないと、シークはそのまま部屋を出て行こうとする。リオネルは慌てて、彼の袖を掴んだ。
「……あなたなら、あなたは望まない場所に置かれても、草原に戻ろうとはしないのか?」
「俺は望まないところになど行かん。もう話は終わりだ。」
 断固とした口調だった。リオネルは、袖を握りしめたまま言い縋った。
「まだ、終わっていないぞ。」

 二人を連れて来た近習が、リオネルの襟首を掴み上げた。喰いつきそうな目で睨んでいる。
「シークは、もう終わりだと仰せだ。レニエは逆らうのか?」
 シークは近習を一瞥し
「ハティ。」
と言った。
 他の近習たちが息を詰めた。
 ハティはみるみる蒼白になり、シークの足許に平伏した。
「失礼いたしました。」
 シークはハティの背中を脛でゆっくりと撫でた。
「うん。もう遅い。お前、レニエを部屋に案内してやれ。」
 ハティは平伏したまま
「はい。」
と応えた。
「レニエは、ゆっくり考えることだな。」
 近習たちの緊張が、目に見えて緩んだ。
 リオネルとエレナには、それほどのことが起こっていたとは思えず、戸惑いながら一連の様子を眺めていた。




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