6.

 だが、シークは手を振って近習を治め
「まあ、野蛮人同士か。」
と言って、からからと笑った。そして
「怯えているのは、キャメロンの豚喰いが来たからだ。あんな卑しい獣を口にして平気な奴らは何をするかわからんと、怯えているんだよ。」
とにやりと笑った。
「何よ、それ! 変な言い訳しないでよ!」
 リオネルはため息をついた。
(お前は……勇ましすぎるよ……。雰囲気と立場を考慮しろよ……)
 激高したエレナが、次々と思うままに言葉を発しては堪らない。書状を交わしていたが、人となりは未知な部分が多い。怒りどころもわからないし、もし怒らせれば直ちに命がないのだ。
 リオネルはエレナの肩をつかむと、静かに窘めた。
「エレナ、もう止めろ。彼らには、彼らの考え方やしきたりがあるんだ。それは、俺たちが何とも言えることではない。」
「だって……」
 エレナが無気になって言い連ねようとすると、シークが
「女、そういうお前はいくつなんだ?」
と尋ねた。
 エレナはぎらりと睨み
「……あんたに関係ないでしょ!」
と答えた。
 シークは鼻で笑った。
「芳紀まさに十六歳……というわけではないな。」
「だから? 私の年齢がそんなに気になる?」
 シークは、リオネルに気の毒そうな目を向けて
「その女では、何人も産めんぞ。レニエ、お前はそれでいいのか? その女はその女で置いて、違う女を持て。何なら、探してやる。若くて美しいのをな。」
と言う。
 リオネルはもう苦笑しか出なかった。自分たちには承服しがたいことだが、シークは大真面目なのだ。そして、ここでは当たり前のことなのだろう。まさに異文化との遭遇である。
「遠慮するよ。俺は、このエレナを愛しているから。他の女は要らん。」
「ますますわからんな、お前の女の好み。」
 シークは眉をひそめて、信じられないというようにエレナを見ている。
「わからなくて結構よ! あんたみたいな蛮族にはわからないでしょうね! ……そんな幼い子を……奴婢だからって……」

 エレナが言葉を継ぎかねていると、シークは笑いながら
「誤解している。これは奴婢ではない。俺の三番目の女房だ。……まあ、戦の戦利品であったのだが、美しいからな、俺のものにした。」
と言った。朗らかな口調だった。何も恥じることなどないという風だ。
 エレナは、彼らが多妻の風習であることを知らなかったが、それ以上に“戦利品”扱いに驚いた。我慢がならなかった。
「……無理やり辱めて、妻にしたからいいだろうと言うつもり? 酷い男!」
「辱めた? 縛り付けたり、殴ったりはしておらんぞ? まあ、好き好んで来たとは言えんか……だが、男と違って、女はそのうち馴染む。こう見えて、これは夜の面白い女なのだ。」
 シークは楽しそうだ。自慢そうですらあった。
「呆れた!」
 彼は少女を抱き寄せ
「もう、概ね馴染んだな。」
と微笑みかけた。
 そして、彼女の顎をそっと撫でると
「俺はお前が愛しくてならん。夢中だ……」
と囁いた。彼女は彼の手に自分の手を重ねて、目を伏せた。
 エレナが、リオネルもそうだったが、呆気に取られて見ていると、更に驚くことに少女は
「……嬉しい……」
と小さく呟いた。
 リオネルとエレナは顔を見合わせた。
 シークは少女の頬に口づけすると
「お前がいると、あの女がごちゃごちゃうるさくて、話が進まん。もう行け。寝酒を用意して、寝間で俺の行くのを待て。」
と言った。

 エレナは側を通り過ぎる少女の腕を掴んだ。少女は青ざめ、おどおどとエレナの顔を見た。
「あなた、あの男の言うことは本当なの? 怖いから、ああ言っただけでしょう?」
「……シークは恐ろしくない。好き。……シークが、その男に私を与えるのではないかと……キャメロンの者は豚を食べて、血を飲むって言うし……」
 少女はぽつぽつそう言い終わると、身をよじった。
エレナが手を離すと、小走りに部屋を出て行った。
 シークは、“そら、見たことか”と言いたげだった。
「お前は、男と女のことがようわかっておらんな。レニエ、じっくり教えてやれ。」
 それを聞いて、リオネルは大笑いした。シークも困ったように笑っていた。エレナは悔しかったが、可笑しくもあった。




  Copyright(C)  2016 緒方晶. All rights reserved.