5.

 迎えにきた近習も、控えにいた二人もそうだったが、その男も大柄で実に端正な容貌だった。皆と同じように、金茶の長い髪を三つ編みにして背中に垂らしていた。
 二人がすぐ前に立つと、男はリオネルを上から下までじろじろ眺めた。
「レニエの伯爵、リオネル・ドナティアン・カスティル=レニエ?」
「リオネル・ドナアンだ。」
 訛った発音を糺すと、男は軽く笑い声を挙げ
「草原のシーク。セブラン・ルドガーセン。」
と名乗った。
 彼は少女に
「もう、よいわ。」
と言って、手を止めさせた。そして、服の隠しから何かを取り出すと、いきなりリオネルに放り投げた。
 すんでのところで受け止めて見ると、それはリオネルの指環だった。
「返す。」
「ありがとう。……怪我を? 戦があったと聞いた。」
「ああ。大したことはない。油断した。」
 エレナはほっと息をついた。シークは彼女を見て、眉をひそめた。
「何だ、その見苦しい女は?」
「私の妻だ。」
 シークは鼻を鳴らし
「お前の女の趣味がわからん。」
と言った。
 リオネルが言い返そうとしたが、その前にエレナが怒鳴った。
「失礼ね!」
 彼女の声に反応して、止まり木にいた鷹が、ぴぃっと鋭い声を挙げた。彼女は驚いて身体を震わせた。
 シークはその様子を見て、大笑いし
「事実ではないか。女というのは、ほら……」
と、側にいた少女を抱き寄せ
「こういう麗しいのを言う。」
と言った。

 見れば、ほっそりとしたとても美しい少女だった。透き通るような白い肌、髪も瞳も色が薄く、妖精のような可憐さだった。
 だが、少女は怯えているようだった。シークはそのまま彼女の首筋に口づけし、腰を撫でた。彼女の肩がぶるっと震えた。
 シークが腕を離すと、少女は後ずさりしてぺたんと床に座り、リオネルとエレナの顔を交互に見て俯いた。
 エレナは、彼女の様子を見て、オクタヴィアの言葉を思い出した。少女がああして奴婢に売られたのだと思うと、怒りと憐れさに涙が出そうだった。
「……まだ、子供じゃないの……」
と呟き、シークを睨んだ。
 彼は涼しい顔で、少女に
「お前、そう言えば訊いていなかったが、いくつなんだ?」
と尋ねた。
 少女がか細い声で何か答えた。
「聞こえぬわ。はっきり申せ。」
 少女はまたびくりと震えた。
「十四になりました。」
 耳を澄ませなくては聞こえないような声だった。
「なんてこと……」
 エレナは言葉を詰まらせた。シークは
「そりゃあいい。今後、何人でも俺の子を産める。」
と少女に笑いかけた。
 彼女は赤面して、ますます下を向いた。
「……この野蛮人! やっぱり“草原の蛮族”! 怯えているじゃない、その子。」
「言い過ぎだ、エレナ。」
「野蛮人だと? 豚を食うキャメロンの野蛮人が!」
 シークが怒鳴ると、控えていた三人の近習が剣に手を掛けた。緊張感が走った。
 リオネルはエレナをかばって、素早く周囲を見回した。エレナはぐっと唇を噛みしめた。



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