2.

 塩の問屋をしている男は、先程の商人とはずっと立派な屋敷を構えていた。
(相当、儲けているな……。塩商人の中でも、なかなかの大物か……? )
 何人も雇い人がおり、中庭に積まれた板状の岩塩を測ったり、切り分けたりしていた。
 それを眺めていると、屋敷の主が現れた。リオネルを見ると、腰を低くし
「ようこそ。」
と微笑み、小さな部屋へ案内した。
 下女が飲み物と乾果を持ってきた。丁重な扱いだった。エレナは不思議だった。
 商人は彼女の表情を読んで
「人品卑しからぬお客さまは、歓待をいたしますよ。」
と言った。
 彼女は気味が悪く
「そう……」
と小さく答えて、黙った。商人は、その様子を楽しそうに見て
「それで、手前どもに何をお求めですか? 見ての通りの塩屋ですが……」
とリオネルをじっと見た。
「この家はずいぶん大きな商いをしているようだね。」
「ええ。おかげさまで。岩塩商人仲間では古株でして、それなりに手広くやっておりますよ。」
 リオネルは長い息をついた。そして
「ラザックシュタールの主、草原の大族長に会いたい。」
と静かに、しかしながら力を込めて言った。

 商人は一瞬目を見開いたが、笑みを浮かべ
「それは、それは……。もちろん大族長シークは存知あげていますよ。塩を取り扱うには、あの方のご許可が要りますからね。でも……見たところ、旦那さまたちは外の国の方。“はい、そうですか。承ります。”とは、ちょっとねえ……」
と言った。
「私はかねてより、大族長と取引がある。」
「さようで……。それで、どちらさまでしょう?」
 商人は笑みを浮かべたままだったが、目つきが鋭くなった。
「申し遅れたな。私はキャメロンの王国、レニエの伯爵だ。」
「レニエさま! おお、存じております。結構なお客さまでございます。」
 そう言ったものの、商人から笑みが消えた。彼は声をひそめ
「レニエさまは、確か……亡くなったと伺いましたが?」
と探るような目を向けた。
 リオネルは苦笑し
「そういうことになってはいるのだがね……」
と言い、指環を外して、商人に手渡した。
 商人は目の前に指環をかざした。
「……炎を吐く竜……。レニエの受け取りに押してある文様だな……」
 そう呟き、角度を変え、裏を覗き、しげしげと眺め回した後に、ようやくリオネルに返した。
 そして、すっと立ち上がった。
(騙りだと思われたか……? )
(信じてくれたの……? )
 二人は息を詰め、商人の様子を見つめた。彼は二人をちらりと見ると、廊下に向かって
「お客さまに、部屋を用意するんだ!」
と呼びかけた。
 商人はエレナに目を向けると
「そのご婦人は?」
と尋ねた。リオネルが
「妻だ。」
と答えると、商人は廊下に
「部屋はひとつでいいぞ。」
と大声で伝えた。

 エレナはほっと胸を撫で下ろしたが、商人は
「レニエさま。まあ……手前は信じましょう。その古い立派な指環は、おそらくお家に伝わる物。面がいい。本物だと判断しました。ただ、シークがお会いになるかどうかは、手前どもにはわかりかねますよ。ご存知でしょうが、彼らは在所なきが如き遊牧の民。シークも、夏場の今は、草原に出たきりのことが多いから、お屋敷におられないかもしれない。」
と言って、残念そうにした。
「わかっているさ。……書状を差し上げたい。すまんが、書くものを貸してくれ。」
「ええ。喜んで。」
 商人はまた、廊下に大声を挙げた。

 リオネルは短い書状をしたためると、血液を肉に印を押した。そして、指環と一緒に文箱に入れ、商人に託した。



  Copyright(C)  2016 緒方晶. All rights reserved.