草原

1.

 日の出が間近だった。
 ラザックシュタールの城門前には、たくさんの人々がひしめき合っていた。異国からの隊商、近隣の百姓や牧民。皆、城門が開くのを待っているのだ。
 リオネルとエレナも人々に紛れて、待ちかねていた。
 やがて、朝陽が上り、城門が開いた。ゆっくりと人波が動いていく。二人も人々に圧されて入って行った。
 城壁は二重だった。内側の城壁との間には果樹の畑が作られており、既に農夫が働いていた。
 内側の城壁をくぐると、大きな市場が広がっている。さまざまな食物や生活物資がふんだんに並んで、商人が客引きの声を盛んに挙げていた。その間を、見慣れぬ風俗の者や肌の色の異なる者が大勢歩いている。喧騒と活気にあふれていた。マラガの港街以上だった。
 二人は目を見張った。
「すごい……」
 エレナが感嘆すると、リオネルも頷き
「有数の交易都市だとは聞いていたが……想像以上だな。」
と言った。

 しばらく、ぶらぶらと市場を見て歩き、リオネルは商人のひとりに
「この市場の顔役は誰かな? 紹介してほしいんだ。」
と話しかけた。
「商売の相談かい?」
 商人はにこにこと聞き返した。様々な国の者が行き来しているからだろうか、警戒はしていないようだった。
「ああ。」
「何の商いかな?」
「酒。」
 根掘り葉掘り訊かれるかと構えたが、商人は
「ああ。そりゃいい。」
とだけ言って、市場をまとめる商人のひとりの家を教えてくれた。

 教えてもらった商人の家は、市場から少し離れた川沿いにあった。赤い瓦の載った小ぢんまりした家だった。
 リオネルは川の向こうを望んだ。向こう岸は緩やかに上り、高台にこんもりとした木立がある。乾燥した土地柄のため、高木ではない。その間に、白い石造りの屋敷が見え隠れしていた。
(あれか……)
 商家の主は、エレナの顔を見て、そっと目を逸らせた。リオネルに目を移すと、品定めするように見つめた。だが、二人を招き入れてくれた。
「どういった御用ですかな?」
 単刀直入な問いだった。表情は柔らかいが、さほど歓迎しているわけではなさそうだ。
「商売だ。口利きを頼みたい。」
 商人は笑い
「お宅は商人には見えないよ。何を商うというのかな?」
と言った。リオネルは苦笑した。
「そうかもしれないな。だが、こっちの塩屋と結構な商売をしているんだよ。大商いの話を持って来た。」
「だったら、塩の問屋に行くといい。」
 商人はそう言って席を立ったが、塩を扱う商人を教えてくれた。

 エレナが心配そうに
「あちこちに回されるのかしら? 素っ気なかったわ。」
と言うと、リオネルはにっと笑い
「いや。順調に近づいているんだ。さっきの男は、扱っている物が違うから、さっさと話を終わらせただけさ。話が早い。時は金なりってやつだ。」
と言った。
「どこへ近づいているの?」
 すると、リオネルは川向こうの丘の上を指差し
「塩の王。」
と囁いた。



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