9.

 エレナの許に、慌てた様子のヴィダルが現れた。
「リオネルさまが叛逆罪に問われました。ラドセイスと通じたと言われて……。」
 彼の話に、彼女は驚愕し、長椅子に倒れ込んだ。ニーナはがたがた震え
「どうしよう、どうしよう……」
と呟き続けている。
(ニーナ……いけない。私が取り乱しては、余計に不安がる……)
 そう思ってみるも、彼女も身体の震えが抑えがたかった。
「お嬢さまは、まだ結婚していない。罪に問われないかもしれない。……現に、あなたを捕えに来ない。そうでしょ? リオネルさまがそうで、あなたも連座していると思えば、すぐに捕まえられるはずだ。それがないんだ。」
 ヴィダルの言うこともわかるが、自分をどうするかも怪しいものだと思えた。
「リオネルの濡れ衣を晴らさなくては……」
「それはそうだけど、王さまは疑って聞かないんだから……。」
「何よ! 諦めるの?」
「でも……。とにかく、あなたは逃げた方がいいよ。ニーナも。」
 ニーナはエレナの袖をぎゅっと握っている。エレナは、彼女の張り裂けそうに見開いた目を見て、何か言わなければと思ったが、何と言っていいのかわからなかった。

 その時、だしぬけに扉が開いた。
 三人はびくりと震えた。
 入って来たのは、ルーセの伯爵だった。
「クルジェのお嬢さん、ごきげんよう。」
 何がごきげんようかと苛立ったが、一縷の望みをかけて
「ルーセさま、リオネルが……」
と声をかけた。
 しかし、かすかな希望は打ち砕かれた。
「レニエさまも乱心したとしか思えない。……あなたは、私が保護して差し上げるから、ご安心なさい。」
 ルーセの伯爵は薄く笑っていた。
「……私をどうする気?」
「事によっては、何事も上手くいくかもしれん。」
「どう……?」
「それは、あなた次第。」
(王に侍れってことね。)
 だが、それでリオネルの命が繋がれるのか保証はない。エレナは唇を噛んだ。
 ルーセの伯爵は、エレナが迷っているのを見て
「私は宮廷の地位を得たのだ。あなたを守れると思う。レニエさまのことも、せめて残虐な刑を受けないように、あなたができるかもしれないよ?」
と微笑みかけた。
「……残虐な刑?」
「叛逆罪なんだ。腸抉りに四つ裂きの刑に決まっているではないか。」
 ニーナが細い悲鳴を挙げた。
 エレナは気が遠くなったが、大きな音を立ててニーナが倒れるのを見て、意識を引き留めた。ニーナを助け起こし
「ニーナ、ニーナ。」
と身体を摩った。
 ルーセの伯爵はその様子を見下ろし
「まあ、そういうことだから、レニエさまには少しでも楽な死を与えてあげたいと思うだろう?」
と言って、顔に同情を滲ませた。
 エレナはニーナの胸に顔を埋めた。
 彼女が黙っているのに、ルーセの伯爵は苦笑して出て行った。
「いい手駒が手に入った……」

 再び、三人になると、エレナは
「私、ルーセさまに縋った方がいいのかしら? ……リオネルが恐ろしいことになるくらいなら……」
と言うと、ヴィダルが反対した。
「あの男には、そんなつもりも力もない。言ったでしょ? お嬢さまは逃げられるって。」
「逃げるって言っても……リオネルが死ぬというのに、私だけ逃げて、のうのうと暮らせと?」
「それは……」
「でも、エレナさまも危ないんでしょ?」
 確たることは誰も言えない。三人は考え込んだ。

 何の手立ても思い浮かばず、ため息ばかりついていると、また訪問者が現れた。
 二人の騎士をつれた母后だった。
 挨拶もそこそこに、母后はエレナの腕を掴むと
「あなたはここにいてはダメ。わたくしが保護します。わたくしの城に行くのです。」
と囁き、騎士に目配せした。
 エレナはニーナと抱き合い、胡乱な目を向けた。
「わたくしが王の母親だから、疑うのはわかるわ。でも、王とわたくしは同じ考えではないのよ。今の王は疑念に駆られていますが、時間が経てば正しさに立ち戻るでしょう。わたくしが働きかけます。……早く。その侍女は連れて行けばよろしいわ。」
 母后は急かし、騎士の手にエレナを託した。
 ヴィダルは彼女らを見送ると、王城から姿を消した。



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