4.

 王子の祝賀の宴が執り行われた。
 何度も王女を出産した王妃は、やっと得た王子を誇らしげに抱いて現れたが、ひどく青い顔をしていた。
 王が促すと、彼女は王子を抱いて、早々に席を立った。
 王妃の退出を麗々しく見送る諸侯を、王はひとりひとり眺めまわした。
 誰が、王子の死を望んでいるのか、誰がまだ頼りない王家に尽くすのか。わからないだけに、疑念ばかりが湧いた。
 かつて叛いた諸侯も涼しい顔で参加して、にこにこと談笑している。王が近寄ると、皆恭しく祝意を述べる。彼は短く応えるに留めた。
(こやつらは信用してはならん。)

 やがて、王はリオネルの前に立った。彼の祝辞を受け、殊更嬉しそうに
「レニエは遠い。そなたの来訪はことのほか嬉しいぞ。そなたの父、サーシャは王家に尽くした。そなたも、私のために、王家のために存分に働いてくれることと思う。」
と言った。
 リオネルは慎重に言葉を選び、表情を作って
「もちろんでございます。最高の忠節を尽くしてお仕えすることでしょう。」
と微笑んだ。
 二人はお互いを素早く品定めした。
「頼もしいぞ、レニエ。」
 王は、側にいるエレナに目を移すと
「クルジェのお嬢さん、麗しの御手に口づけを。」
と言い、彼女の手を取った。そして、手の甲に唇を寄せると、上目づかいにじっと彼女を見つめた。
「よく訪ねてくれた。道中はいかがだったかな? ご婦人には、苦労続きであっただろう。」
「いいえ。お招きいただいて、天にも昇る喜びでした。こうして、お目通りが適ったのです。苦労などいかほどのことでしょう。」
 エレナはあまり気分が良くなかったが、リオネルや教師に教わった通りの美辞麗句を並べ立てた。
 王は微笑み
「嬉しいことを申す。……お嬢さん、私は共に踊る栄誉をいただけますか?」
と手を差し出した。
「ええ、喜んで。」
 リオネルのつけた教師のおかげで、エレナは完璧な足運びを披露できた。皆は感嘆し、称賛した。それはもちろん、舞踏に感心しただけでなく、王に阿ったからでもある。
 王が気に入ったようだと、人々はエレナの周りに集まり、それぞれに話しかけた。

 その様子を眺め、王がリオネルに話しかけた。
「婚礼はいつごろの予定だ?」
「レニエに帰って、用意が整い次第……」
「それはいけない! 即刻、結婚するのだ。王城の祭司堂を使え。私が許可する。」
 リオネルは王の瞳の奥を見つめた。試すような光がある。慎重に応えねばならないと思った。
「畏れ多いことです。」
「許す。私の宮廷に麗しいレニエの奥方が加わることを望んでいる。……まことに麗しい女人だ。嗜みも心得ているようだ。宮廷のたおやかな婦人も麗しいが、彼女は野の花のようだな。生き生きとして、鮮やかな……。」
「王のお褒めに預かり、エレナ共々嬉しく存じます。」
「時に……王妃を見て、そなたも感じたかもしれんが、彼女は王子の出産に持てる力を全て使い果たした。もう子は望めないと、医師が申した。」
「それは……残念です。しかし、ひとりの王子とはいえ、王の力になられるでしょう。」
「そうだな。まだ、かよわい赤子である。いつ何時、何が起こるかと、気が気ではないのだ。」
 リオネルは胸の底に、厄介だと思う気持ちが蟠り始めるのを感じた。
「……そなたの奥方になる女人は、実に健康そうだ。さきほど、共に踊って思った。私の知る女人の柳腰とは違い、しっかりした身体つきのようだ。沢山の息子をそなたに与えるだろう。」
 そう言って、王はエレナを遠目に見た。
(やはり……)
 リオネルは、じっと王を見つめた。王は視線に気づいて、彼の方を見
「そなたの忠節を示す機会を与えよう。」
と言って、にっと笑った。
(どこまで本気なのか……?)
 リオネルは惑った。
 王は、答えに窮している彼に
「我が友、レニエの伯爵。忠実なる夫妻には、相応しいもてなしをする用意があるぞ。」
と、含みを持たせた目を向けた。
“忠実な臣ならば、奥方すらも、王の側に侍らすことを拒んではいけない。”
 王は微笑んでいる。
(エレナを愛妾に差し出せ……か。)
 リオネルは軽く笑って
「過分なるもてなしを受けるわけにはいきません。諸侯の妬みは、王の為にならないでしょう。」
と答えた。
 だが、彼の目に、図らずも物騒な光が浮かんでいた。
「そうか。残念である。……そなたの青い瞳。サーシャと同じだな。何でも、カスティル=レニエの男たちは、そのような色の瞳に生まれつくとか。レニエの鬼神の瞳を受け継ぐとか聞く。……いいな。」
「何が良いのでしょう?」
 王は皮肉な笑みを浮かべ、両の掌を上げた。
「生まれた息子が己の種か、一目瞭然ではないか!」
 リオネルの目許に癇が走った。
「エレナは不貞など働きません。誰が相手であろうともね。」
「……誰が相手でも、か……。戯れを申したまでのこと。本気に取るな。」
「何分、田舎者で。都の雅がわかりませんから。」
 王は鼻を鳴らして、しかしながら
「宴を楽しむといい。」
と、リオネルの肩を叩いて、立ち去った。

 王は壇上から、祝宴の様子を眺め、控える廷臣に小声で話しかけた。
「あの男、レニエの伯爵。王たる私を睨んだ。」
「それは……不敬なことです。」
 廷臣が驚いて見せるのに、王は更に声をひそめ
「……仕置きが要る。彼らが部屋に引き取ったら、その場で逮捕せよ。」
と命じた。
「は……。二人ともですか?」
「愚か者が……。男だけだ。」



  Copyright(C)  2015緒方晶. All rights reserved.