3.

 王は苦い思いで居間に引き取った。
 彼は、物言いたげに控えている廷臣に
「先程のこと、レニエだが、どう思うか?」
と尋ねた。
 廷臣は曖昧に笑って、答えなかった。下手なことは言えないと思っているのだ。
「レニエは豊かなのか? 葡萄の有名な地ではあるが……?」
「さようですねぇ……リオネル殿の代になってから、マラガとの付き合いが増えたとか……」
「レニエとマラガは代々交易してきたと聞く。そなたの意味しているのは、どういうことか?」
「何でも、港を大きくして、船を買い、先代さまとは比べようにならないほどの盛んな交流を持っているとか。」
 王はじろりと廷臣を見やった。
「港? 造成を許可したことはない。」
 廷臣は慌てた。報告していないことを責められると思ったのだ。
「それは……諸侯の采配のうちでございます。それに、王国に財がもたらされるならば……」
 王は、廷臣の言葉を遮り
「レニエは交易の利を申告しておらなんだということだな。」
と言った。
 不愉快そうだが、自分は責められないようだと、廷臣はほっと胸を撫で下ろした。
「は……」
「クルジェのことも、勝手に采配しおった。」
「さようで……」
「キャメロンの西の地方は、どうも王家に忠誠が薄い者が多い。レニエと西部の諸侯との仲はどうか?」
「良好のようです。」
 王は考え込んだ。
 廷臣はその様子を黙って見つめた。自ら意図したことではないが、レニエの伯爵は不興を買う結果になってしまったと、彼は少々同情した。しかし、疑い深い王の矛先が自分に向かうよりはいい。
 やがて、王はため息をついて
「西は問題ばかりだ。シビウのこともある。……この季節に牡蠣など……、食い意地の張った男だ! 奥方には、何としても相続を放棄してもらわねばならん。どう説き伏せるべきか……」
と渋い顔をした。
「奥方さまに相応の年金を与え、マラガにお帰りいただくか……。もしくは、キャメロンの貴族の誰かとご再婚していただくか……」
 王は、廷臣をじろりと見て
「……それしかないだろうな。シビウは何とか済む。レニエは……」
と言って、さも面倒だというように眉間を揉んだ。

 すると、衝立の向こうにいた王の母が話しかけた。
「王さま、レニエさまの忠誠をお疑いなのですか? ……あなたはどうも、疑心暗鬼になっておられるようですね。そのようでは、かえって諸侯の反感をかいます。」
 王は嘆息し
「母上も、内乱のおりの諸侯の振舞いをご記憶でしょう? あんなことはもうたくさんです。」
と言った。
「そうですね。わたくしたちは敗走し、常に敵の影を恐れて、気の休まる暇もなかった……。でも、あの時、サーシャは、レニエの先代さまは、わたくしの願いを聞き入れて、味方になってくださったのよ。ご自分の周りは皆敵方だと言うのにね。」
 母后はうっとりとしていた。王はこっそり眉をひそめた。
(母は、まだサーシャを慕っているのか……)
 だが、そんな想いは押し隠し
「そうでした。サーシャは、まったくもって素晴らしい。漢でございましたな。」
と母に微笑みかけた。
 母后は満足げに頷き
「サーシャは本当に素敵な方でした。温和で優雅で。戦いにあっては勇敢で……。ご婦人に大変な人気であったのも、頷けるというもの。わたくしは、あの方が婚礼を挙げられた時は、実に悔しい想いがしました。」
と言って、軽く笑った。
「王妃すら籠絡するとは、まったくサーシャも罪な男ですなあ。」
「籠絡だなんて……まあ、それくらいの男ぶりだったということ。」
 王は、気楽な母の様子にこっそり舌打ちしたが、何でもないように二人で笑い合った。
 母后はまた
「ご子息のリオネルさまも、立派な方に見えました。……お母さまに似ておられるのかしら……? 端正なたたずまい……。美しいお嬢さんと縁づいて。それはともかく、王国もやっと安泰というもの。」
とも言った。
(女の言うことはこれだから……。母上はレニエが贔屓すぎる。サーシャは早々に消えてくれたが、今度はリオネルか……)
 そう思うものの、レニエの生み出す富はしっかり手の内にしておきたい。
 王はリオネルがどれだけ王国に富を納めるか、忠節であるかを知らねばならないと思った。



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