2.

 与えられた部屋に落ち着くと、エレナは
「さっきのリオネルの言い方、王さまの機嫌を損ねるんじゃないかと、気が気ではなかったわ。」
と苦笑しながら窘めた。
 リオネルは鼻を鳴らした。どの言葉について言っているのかは察しがついたが
「何が?」
と返した。
「“私たちが王と認める”だなんて……。リオネルの悪いところよ。尊大よ?」
「尊大? 誇り高いと言いなおせよ。……あれくらいのことで気分を悪くするなら、王などと名乗らない方が、我々下々の者にはありがたいね。」
「誇り高いレニエの伯爵さまは、自らを下々とおっしゃるのね! ……王さまは王さまよ。喧嘩を売るようなまねは、少しでも控えた方がいいんじゃない?」
「お前は、王は常に王だと思うのか?」
 エレナには、リオネルの言葉の真意がわからなかった。
「どういう意味?」
「俺たちが子供のころにあった内乱のこと、知ってはいるだろ? そういうことは何度もあった。キャメロンの国だけではない。どの国でもあった。いつ何時、王の地位が危うくなるのかわからないということだ。……国はまだ盤石ではない。世継ぎがやっと生まれたが、有力な諸侯の誰かが叛けば、また内乱になる。」
「誰が叛くの? まさか……」
 彼女の邪推を彼は嗤った。
「俺は興味がないよ。だが……」
 彼は部屋の中を見渡した。豪華な壁掛けが掛けられ、金の燭台と蜜蝋の灯り、床は楢材だった。彼は床板をとんっと踏み鳴らし
「この城。立派な城だな。」
と言った。
「ええ。とても贅沢ね。王さまのお住まいだもの。」
「こんなものを建てて”王でござい“か? 見る者を威して、権威を笠に着て? そもそも王家はそれほど余裕があったのかな?」
 彼は皮肉な笑みを浮かべた。彼女は、王をないがしろにするような彼の言い様に、はむかいたくなった。
「そうね。内乱の後の王さまは、レニエの殿さまのような財力はないかもしれないわね。だからといって、軽んじるわけ? お金持ちなら偉いの?」
 彼は大笑いした。彼女はむっとして睨みつけた。
「また、そんな顔をする。お前は俺のものになったのに、従順にはならないのだね。」
「誰が”俺のもの“ですって? 言いたいことを我慢し続けることが従順なら、私は一生従順にはならないわね!」
「寝台では素直なのにね! そうでもないかな……?」
「いやらしい男ね! ……で、私の質問に答えなさいよ。答えられないの?」
「何の話だったかな……?」

 彼は笑い咽いだが、彼女の厳しい目を見て、やっと答える気になった。
「レニエは、お前の思っているほど豊かではないぞ。」
「えっ? でも……あの船……。私を迎える用意だって……」
「お前を迎えるのに、少し無理をした。クルジェはまあ……あれなんだが、レニエだって有り余る実りをくれる土地ではない。」
 彼は、嘘や謙遜を言っているのではなかった。それは彼の表情から窺い知れた。
「俺は努力した。食うや食わずの領民が出ないように、農奴に身を落とす百姓がでないように。そうするには、どうしたらいいのか……?」
 彼は彼女から目を逸らし、独白のような呟きが続いた。
「たったひとつの寝台を共有する家族がなくなるように。羽の布団で眠れるように。赤ん坊が死なないように。皆に麦が行き渡るように。皆が笑って暮らせるように……」
 エレナは、レニエの領民の笑顔を思い出した。
(リオネルは……ちゃんと皆のことを考えている。言うだけではなく、叶えつつある……)
「ええ。リオネルは……その……立派にやっていると思うわ。」
 彼女は言葉を選んで、控えめな表現をした。
 彼は驚いて彼女を見つめ、やがて微笑んだ。
「そう? でも、あまり褒めるな。居心地が悪いよ。……それに、褒められると満足して、努力を怠るようになる。」
「では、罵り続けてあげるわ!」
 二人は一頻り笑った。

「レニエの領民が俺をレニエの主にしている。その名に恥じぬ行いをせねば、レニエの伯爵とは名乗れない。……我々が王を王にするんだ。天が彼を王と決めたわけではない。」
 ぎらりと青い瞳が光った。
「王ならば王らしい振舞いをせよ。王ならば王の責任を果たせ。……こんな城を建てて喜んでいるようでは、先が思いやられる。」
 エレナはぞくりと背が冷えた。
「王さまより年下のくせに。言うことが偉そう。間違ってはいないと思うけれどね。穏当な物言いを学んだ方がいいわよ。」
「年下、年上と気にするのか? お前が喜ぶ囁き方を学ぶ意欲はあるが、穏当な物言いは身につける自信がないな。」
「減らず口……!」
 エレナは伸びあがると、リオネルに口づけした。そして、軽く唇を噛んでから離した。
 リオネルは彼女の腰を抱き寄せ、口角を上げて
「それは……どういうつもりでしたんだ?」
と尋ねた。
「罰よ。偉そうな物言いは慎みなさいということ。」
 彼女は、腕の中から身を逃そうとしたが、しっかり抱きとめられてしまった。
「……頭が悪いんだ。じっくり教わらなくてはならないな。たくさん罰を受けそうだ。」
「唇がちぎれるわよ?」
「それは困る。お前に口づけできなくなる。……どう言ったら、お前は喜ぶのかな? 教えてくれ、エレナ。」
「ずいぶん素直なのね。」
「ああ。お前の前では、お前に恋するひとりの男にすぎないからな。……どうすればいいんだ……? エレナ、教えてくれ……。お前の言う通りにするから……」
 リオネルの青い瞳の奥に揺らめく欲望を見ているうちに、エレナはもう抗えなくなっていた。



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