第二の戦い

1.

 王の城は、世継ぎの誕生を祝福する諸侯を次々に迎えていた。城は新しく、豪奢を極めていた。それは威光を示すものだった。
 キャメロンの王国の王権は、まださほど強固ではなかった。王には、内乱の記憶が鮮明だった。諸侯の動向を見張った。内心は怯えと疑念でいっぱいだったが、あからさまに不信を表すことはさすがになかった。
 諸侯が歩み寄ると、壇上に座った王は鷹揚に祝意に応えた。
 高位の者、密かに警戒している者には、いくらか長めの応えを返す。王の振舞いに気づく敏い者は、それらの諸侯を記憶していった。

 やがて、触れ役が
「レニエの伯爵とその婚約者。」
と呼ばわった。
 エレナは圧倒されていたが、さらに緊張した。リオネルがこっそり笑い、彼女の手をぎゅっと握った。彼女が彼に頷きかけると、彼は王の前に進み出た。
「リオネル・ドナシアン・カスティル=レニエにございます。これは私の婚約者、クルジェのエレナ。共に、王子さまのご誕生を寿ぎ申し上げます。」
 リオネルがお辞儀をするのに、エレナも腰を折った。
 王は様子をねめつけた。ゆっくりと右手を挙げ
「レニエ、大儀。」
と言った。
 一呼吸おいて、王からの言葉はそれ以上ないようだと、リオネルはエレナの手を引いた。踵を返しかけると、王が声をかけた。
「その婦人には失礼だが、クルジェとは聞いたことがない。レニエの領か?」
「クルジェは私の封土ではございません。レニエから……」
 リオネルが言いかけたところ、年配の貴族が口をはさんだ。
「クルジェは私の領にある小さな土地です。代々の家臣である騎士のひとりに管理させているのです。」
 そう言った男は、エレナににこりと笑いかけた。王は彼を一瞥し
「ルーセか。」
と言った。
 彼女は、父の主君を初めて目にした。
(この方が伯爵さま……。クルジェを見捨てた時は、冷淡な男なのだと思ったけれど……)
「その騎士の息女でしょう。」
「さようです。」
 広間がざわめいた。
「騎士の娘……そんな身分の者が、王の御前にまかり出るとは!」
「王の騎士ならばまだしも、伯爵の家臣とは……」
 そこかしこで囁かれ、いぶかしげな目が二人に注がれた。

「騎士? 小領主の娘と、レニエのような大領主が婚約? そもそも、私はそんな縁談など聞いていないぞ。」
 王は探るような視線を二人に向けた。諸侯の結婚は、王の許可を求めるべきなのだが、実際はそうする者はいなかった。だからといって、王が非難するようなことも、今まではなかった。
(珍しいことでもあるまいに……俺だけか。……警戒されている?)
 父は王の側について戦ったのに、警戒されるのが納得いかなかった。
「ほんの過日に決めたのです。この伺候に、ご報告も加えたく存じます。」
「そなたをレニエの伯爵にしたのは私だ。報告は滞りなく行え。」
「はい。私たちが王と認める方の仰せに従いましょう。」
 広間に固い空気が漂った。
(リオネル……その言い様は良くないんじゃないの……?)
 エレナは案じたが、王は表情も変えなかった。王は彼女に目を移すと
「レニエ、そなたは運がいい。こんな美女を妻に迎えられるとはな。まことに美しい! どのような縁があったのかな?」
と言って、笑顔を向けた。
「数奇な縁に導かれました。」
 リオネルはそれだけ答えれば十分だと思ったが、ルーセの伯爵が
「クルジェは先ごろ災難に見舞われまして……、崩れた山に埋もれたのです。それは、それは、たいそうな災いで。村はほとんど埋まりました。」
と眉を寄せた。
「なにやら、そのようなことは聞いたな。」
「ええ。それをレニエさまがお助けになったのですよ。本来ならば、私がすることですが、生憎と私は身を取り繕うことで精いっぱいの身の上。胸を痛めていたところに、レニエさまが……。本当にありがたいことです。」
 ルーセの伯爵はリオネルを見やって、会釈した。
(この男……)
 リオネルは一瞬だけ鋭い視線を投げ、にっこりと微笑んだ。
「今年はたまたま余裕がありました。毎度そうはいきません。……とするとクルジェには不幸中の幸いというわけで……。近いうちに姻族になる一族の土地です。許より、王国の土地を維持するのに尽力するのは当然のこと。」
 王はしばらく考え込んだ様子を見せると、席を立ってリオネルの前に立った。
「レニエの忠義に礼を申す。抱かせてくれ、友よ。」
 二人が軽く抱きあうと、皆が拍手した。エレナもほっと息をついた。



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