戦いのはざま

1.

 エレナは塔から下りても、リオネルにしがみついて離れなかった。皆は可笑しな格好で塔から出てくる二人を見て、呆気にとられた。
 彼らは通り過ぎていくのをじっと眺めていたが、そこかしこでほっとため息が漏れると、笑い声が挙がった。
 エレナは気づきもせず、リオネルの肩に顔を埋めたままだ。リオネルの方はちらりと皆を見やったが、何も言わずに城に入った。
 ニーナが駆け寄り
「よかった……」
と言うと、言葉を詰まらせ、すすり泣きながら、二人の後に続いた。
 エレナを寝室へ運び、寝台に横たわらせようとしたが、彼女は腕も脚も解こうとしなかった。
 ニーナが心配して声を掛けようと近寄ったが、リオネルはそれを制した。視線で合図すると、ニーナは静かに出て行った。
 リオネルは膝の上にエレナを乗せたまま、寝台に腰かけた。彼女は、彼の肩で声を殺して泣いている。彼がかすかな身動きをすると、不安に駆られる子供のように、抱きつく手足に力がこもった。
(困ったな……)
 リオネルは苦笑した。
 抱き締めている身体に意識が向かって、気持ちが抑えがたくなっていた。
「エレナ。休まないのか? それとも、このまま二人で絡み合って休みたいの?」
 冗談めかして言ってみたが、エレナは無反応だ。彼が期待し始めるくらいの間があった。
 ようやく、彼女がゆっくりと脚を下ろした。腕はこわばりが強く、リオネルが手助けしないと解くのが難しかった。
 ようやく身を離し、彼女を寝台に座らせると、彼は立ち上がった。
「おやすみ。」
 だが、彼女は放心して答えない。
「ゆっくり……明日の昼まででも眠ったらいい。気持ちが落ち着くまでね。」
 すると、彼女はぽろぽろと涙を落とした。

 負けず嫌いの彼女が涙を見せるのに、彼は驚いた。さっきまで、ばれているとはいえ、泣いているのを悟られないように、声を殺し、顔を埋めていたほどだ。
「……リオネル!」
と叫んで、エレナがぱっと抱きついた。彼女はそのまま、大声で泣いた。
 彼が腰を抱き締めると、彼女は顔を上げた。涙の中で、緑色の瞳が強い光を放っていた。
 彼は彼女の濡れた頬を撫でた。彼女は目を閉じ、彼の手のひらに頬を預けていた。そして、ゆっくり目を開けると、じっと彼を見つめた。
 二人は瞳の奥を覗き合った。かすかな感情を読み取ろうとしたが、そこにはありありとあふれるそれがあった。そして、それは同じものだと、二人ともわかった。
 エレナが目を閉じた。リオネルはそっと口づけた。もう一度、探るような口づけを交わした。
 三度目は、吐息をつくのも惜しみ、むさぼり合った。
 夢中でかき抱き、口づけしながら、二人は寝台に倒れ込んだ。リオネルが上着を脱ぎ始めると、エレナが手を伸ばした。
 二人はお互いの着ている物をもどかしげに脱がし合い、抱きしめ合った。



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