9.

 その夜のうちに、エレナは船に乗せられた。船員たちの好奇の目を受け、屈辱に震えた。
 船底に転がされて、荷物のように扱われるのだろうと覚悟していたが、彼女が入れられたのは、錠のある小さな船室だった。寝台も置かれている。
 先程の男は、船の長らしく
「この女は高値がつくかもしれん。野郎ども、変な気を起こすんじゃねえぞ!」
と皆に命じた。
 船が動き出した。夜のうちに出港するようだ。
(私をシビウから早く遠ざけたいのかしら……? )
 彼女は、オクタヴィアの様子を思い出して、再び怒りを燃やした。
「私は負けたりしないわ……」
 そう呟いて、押し寄せてくる不安と恐怖を振り払った。

 夜が更けても、エレナは眠られず、床の上に座り込んでいた。鍵の掛かる部屋なのに、手足は縛られたままだった。手足が痛んだ。
 すると、船の長が入ってきた。彼は彼女を立たせた。少し離れて、彼女を眺めまわし、ぐるりと背中に回った。彼女の流し髪を掴み上げ
「悪くない首だ。」
と言った。
(また……品定め。)
 彼女は苦々しかった。手足が自由なら、男に一撃浴びせたいところだ。
 彼はいきなり彼女を抱き締めた。彼女は驚き、もがいた。
「見た目より胸があるな。」
 そう言って、彼は胸元を撫で、腰から尻に手を滑らせた。しかし、劣情を思わせる手つきではなかった。確認しているようだ。
 それが終わると、彼は彼女を寝台に向かって突き転ばし、圧し掛かった。身体で彼女の動きを封じ、襟を一気に開いた。
 服が裂けた。彼はどんどん服を引き裂いた。彼女から着ているものを取り去ると、彼は寝台から下り、彼女を眺め下ろした。
 彼女は横を向き、彼に背を向けた。屈辱に血の気が上った。
「ああ、いいな。興奮すると肌が綺麗な桃色だ。」
 彼は、彼女の手首を縛ったまま、寝台の頭に括りつけた。それを終えると、再び彼女に乗り上がり、足の縄を外した。
 彼女は目を見開き、唸りながら暴れた。だが、拘束されている身に、効果的な抵抗はできない。
 彼は彼女に
「商品の質を確かめねばならんのだ。どれだけ、男を悦ばせられるか……」
と言った。何の感情もない、全くの職務だという態度だった。
 彼女は背が粟立つのを感じた。

 長は淡々と“確認”を終えた。エレナはぼんやり天井を見上げた。放心していた。
 彼は服を着ると、彼女を見下ろした。
「お前は価値がある。諦めて、買った男に従えよ。」
 途端に、彼女に感情が戻った。緑色の瞳がぎらぎらと光り始め、縛められた口が動いた。
 彼は苦笑した。
「少しは大人しくなれ。女奴隷など、気に入らなければ、すぐ殺されるんだ。素振りだけでもしおらしくしていれば、きっと大事にされるだろう。」
 彼女はうんうん唸って、訴えかけた。
「何だ? うるさい罵り言葉は聞かないぞ。」
 彼女は激しく首を振った。
「言いたいことでもあるか? だが、聞かない。」
 彼は言い捨てると出て行った。
 彼女のわずかな望みも叶えられることはないのだ。
 それが、今の立場なのだと思い知らされた。



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