戦いの終わり
第四の戦い
1.
エレナの父は、彼女を厳重に見張った。
女の一人旅など、実際のところは無理なのだ。それは常識だった。エレナも、一人で出かけようという考えは、もとより浮かばなかった。
彼女がこっそり旅立とうと思っていないこと、行きたいが無理だとわかっていることを明かし、せめて村を訪ねたいと望んでも、父は許さない。
誰かと一緒に訪ねることすら、頑として首を縦に振らなかった。
エレナの母は、託つ彼女に
「ユーリのお母さんのことがあったから……。お父さまは心配していらっしゃるのよ。」
と諭した。
「でも……」
“それなら、館の男衆を連れて行くから、大丈夫。”
と言いかけて、エレナは止めた。
母は、ひどく哀しそうな顔をしていたからだ。ユーリの母の惨劇を想っているようではなかった。じっとエレナを見つめて、ほっとため息ばかりついている。
その数日後、父から結婚を命じられた。
呆気にとられているエレナに、父は辛くてならないといった顔を見せた。
「……何の因果だろうね。嫁ぎ先は、またレニエだ。」
「え……レニエは王さまの軍勢が……。レニエの誰に嫁げと言うの?」
「新しい伯爵さまがお越しになる。彼と。」
「何度も拒否されたのに、また? 私が行くころには、その伯爵さまとやらは亡くなっているんじゃないの?」
エレナの口調は嘲るようだったが、父は叱りつけることもしなかった。
「今度の方は、おそらく……。レニエの領民も受け入れるしかないだろう。」
「レニエは、押し付けられた領主など受け入れないわよ。」
「あの従者と同じことを申す……。そなたは、レニエを知り、馴染んだのだね。」
「お父さま……実はね。リオネルは生きているかもしれないの。」
「愚かしいことを……」
「生きている望みがあるのに、諦めろと? 他の男に添えとおっしゃるの?」
「そなたは、リオネルさまに嫁ぐ時、あんなに嫌がったというのにね。……あの時と同じだよ。今度の方を愛することもできるだろう。それに、王さまの命令なんだ。従わねばならん。」
「王? またあの嫌な男の仕業! 私は従わないわ。」
「何を申す! そんなことをしたら、どうなるか……考えてごらん。」
父の言うのは、クルジェのことだ。クルジェも王に従わないと思われることを、恐れているのだ。
(臆病者! )
苦々しかったが、貧しい小領主の父に命令を突っぱねるのは無理だと知っている。
「……わかったわ。」
エレナが承諾すると、父は深いため息をついた。それには、安堵とやりきれない悔しさが滲んでいた。
「よかった。……かたくなにならず、その方との幸せを見つけておくれ。」
そう言って、父は彼女の肩を叩いて出て行った。
エレナはレニエで、新しい領主を快く思っていない誰かを探すつもりだった。ヴィダルもいる。レニエを出る手助けをしてくれる男を見つけようと考えていた。
(その領主がどうなのか知らないけれど、私は諦めていないから……)
エレナの支度には、王から沢山の物が送られてきた。豪華な衣装、宝石、調度。持参金も王が用意していた。
差し向けられた立派な馬車に乗り、クルジェを後にした。
両親が、かつてと同じように、悄然と見送っていた。
(お父さまには力がない。私にもない。)
エレナは、権力がないということがどういうことか、嫌というほど知らされた。
レニエに入ると、荒れた畑が見えた。領民の表情も、以前とは比べようもなく暗い。胸が痛んだ。
それでも、彼らはエレナが戻ったと知ると、笑顔を向けてくれた。
城は変わりなく建っていた。しかし、前に出迎えた執事はおらず、新しい執事だという若い男が、丁重に挨拶をした。エレナの見知った男だった。
「久しぶりね。」
エレナが笑いかけると、執事は複雑な顔をした。
「ええ。よくお帰りになられました。嬉しく存じます。」
その言葉は嘘ではないが、彼女の境遇を不憫に思っているようだった。
「新しい伯爵さまは?」
彼は黙って、エレナを案内した。
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