5.

 関が見えた。大勢のひとが出入りしている。商人、農夫、傭兵。たいていの者が誰何されることもなく、関を越していくが、管理が緩いわけではなさそうだ。官吏の目は厳しく彼らを観察していた。時々、見るからに怪しげな者が押しとどめられ、手形の提示を求められていた。
 二人ともに緊張を感じていた。ただ、リオネルは落ち着いた様子を作っていた。
 エレナは不安を隠しきれないでいる。彼は彼女の手を握り
「固くなっていては、役人の目につくぞ。当たり前にしているんだよ。難しいなら、フードを深めに被って俯いていることだ。」
と囁いた。
「……もし、止められたら? 手形は? 街で手に入れたの?」
「手形はない。」
 きっぱり断言されて、彼女は唖然とした。彼の手を引き、道端に寄ると詰問した。
「涼しい顔で……呆れたわ! どうするつもりよ?」
「お前は誰何されると決めてかかっているのだな。されないかもしれないぞ?」
「楽観はしないの。常に最悪に備えなければならない。」
「いい心がけだな。だが、無いものは無い。身元のあやふやな外国人に手形を書いてくれるところなどなかったのだから。」
「……何と言うつもり?」
 彼は忍び笑いを漏らし、彼女を見つめた。
「俺は商人にも傭兵にも見えないな。農夫でもない。一時、連れにしてくれと頼めそうな隊商も見つからない。困ったなあ……」
 彼のからかうような物言いに、彼女は上気した。
「いい加減にしなさいよ! 何か考えなくてはならないでしょ?」
「考えろか……。こんなところに立ち止まっている方が危ないな。きっと、密談していると思われる。……本当のことを言う。」
「何ですって……!」
「すべて本当ではないさ。任せておけ。」
 彼は彼女の腕を引っ張った。彼女は引かれるままに歩み出した。

 リオネルは馬を引き、ゆっくりと関に近づいた。官吏の目が二人に注がれた。近寄ってくる気配はないが、上から下までねめつけている。
 エレナの背筋に冷たい汗が伝った。
(見ているわ……。胡散臭い者を見るような目よ? どうするの、リオネル……?)
 彼を窺ってみると、落ち着き払った表情で行く先を見ている。
 二人は関の門柱を通り過ぎた。緊張感が頂点に達していた。
(このまま……通して!)
(行くか……?)
 すぐ先の街道に敷かれた境の赤い石並びを跨げば、ラドセイスに入る。マラガの役人は手を出せない。
 エレナはちらりと後ろを振り向いた。官吏の目はもう他の旅人に向けられていた。誰何は免れたのだと、彼女はほっと息をついた。
 その時、若い官吏が駆け出した。
「待て! おい! そこの男と女。外套を被った女連れの、黒い髪のお前!」
 二人は身体を固くした。




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