7.

 リオネルの攻撃を防ぐことは難しい。エレナは早々にそう結論づけた。だが、負けるわけにはいかない。
 彼女は、無駄な勝負を仕掛けることは止め、敵を知ることからやり直すことにした。

 そろそろ葡萄の収穫が始まる。彼女は、リオネルが毎朝葡萄畑に出かけるのについて行った。
 すると、領民が彼を慕っているのがよくわかった。彼が離れた隙に、農夫にわけを尋ねると
「いい暮らしをくれるからさ。」
と当たり前のように答えた。
「それだけ?」
「気さくだし。」
 エレナは驚いた。彼女には、尊大で勝手な男だという印象しかなかった。
 農夫は彼女の様子など感じなかったらしく、暢気に
「もうすぐ葡萄の収穫をする。その後は祭りだ。嬢さまも来るといいよ。」
と勧めた。
 周りの農夫たちも、にこにこと頷いていた。
「ええ。ありがとう。行くわ。」

 数日後には、収穫が始まった。
 その朝、リオネルは以前の水夫の姿よりももっと粗末な格好をして、エレナの部屋を訪ねた。
 彼女は眉をひそめ
「何、そのみすぼらしい格好……?」
と言った。
「葡萄を摘むのに、盛装して行くわけがないだろ。お前も、裾の短い服に着替えろ。行かないのか? 百姓と約束していたじゃないか。」
(また、そういう言い方。喧嘩を売っているとしか思えないわ。)
 だが、彼女は挑むことはせずに、着替えをした。挑発に乗るのは負けた気になる。
 リオネルは、大きな馬体の馬が引く荷馬車に乗って、エレナを待っていた。
「自分で?」
と尋ねると、嘲るように
「そうだよ。自分の畑なんだ。自分で御して出かけて、自分で摘む。何を当たり前のことを言っている?」
と言った。
 クルジェでは、領主である父も畑仕事をしたが、父よりも高い身分のリオネルがするとは想像もしていなかった。
 二人は百姓の夫婦のように、並んで御者台に座った。エレナは無言を通したが、リオネルはさも嬉しそうに歌をうたっていた。
 畑に着くと、既に村人が働いていた。その中には、城の執事も城詰めの騎士もいた。エレナはまた驚いたが、主が働くのだから、家臣がいても不思議ではないと納得した。
 リオネルはエレナに小刀を渡すと、葡萄の摘み方を教え、自分はさっさと仕事を始めた。
 見よう見まねで働いているうちに、彼女も楽しみを感じ始めた。時々、彼は彼女の側にやってきて、摘んだ葡萄を確かめた。そして、もっと茎を短く切れだの、傷んだ実は捨てろだの言った。そうするわけをいちいち彼は教えた。彼女は感心しきりで、彼の説明を聞き、言う通りに仕事をした。

 高く青い空。見渡すばかりの葡萄畑。村人のうたう歌。楽しそうな笑い声が聞こえる。
 エレナの指は樹液で汚れ、汗が流れたが、気分は爽快で愉快だった。
「エレナ! お前、案外器用なんだな!」
 少し先で、リオネルが顔を上げていた。
「どうだ? 慣れたか?」
などと言う。
「ええ! 楽しいわ!」
と叫び返すと
「そうか! よかった。一粒食ってみろ。」
と白い歯を見せた。
 食べてみると、最初は甘かったが、酸っぱい味が後を引いた。
「酸っぱいわ!」
としかめ顔をすると、彼も皆も大笑いした。
「それがいいんだよ!」
 エレナはただただ愉快だった。
 村人たちと昼食を取り、労い合う。リオネルの様子には、尊大さも勝手さも感じられなかった。



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