3.

 船は滞ることなく進んだ。
 マラガはキャメロンの南東に在る。その西岸は断崖絶壁だ。港はない。南に周り、島嶼地方をぬって進み、南部の港から上陸する格好になる。
 船は左にマラガの本土を眺めながら、南へ進んだ。切り立った断崖の面は白かった。見上げると、崖の上に乾いた平原が窺えた。
 そんな景色ばかりを見続けたある日、オクタヴィアが
「あれはわたくしの城よ! あの辺りに、わたくしの領地があるの。」
と微笑んだ。
 彼女の指差した崖縁に城が建っていた。赤茶けた地面が坂に上り、そこにオリーヴが生えている。明るく強い陽光が、城の壁面に濃い影を落とし、屋根が煌めいていた。
「懐かしい?」
 リオネルの声は冷ややかだったが、オクタヴィアは感に堪えない様子だ。
「ええ、もちろん! やっと帰ってこられた。キャメロンの柔らかな陽射しは、どうしても馴染めなかったわ。強く照りつける太陽こそ、マラガの者には必要なのよ。生気が満ち溢れてくるよう!」
 彼女は目をきらきらさせていた。
「それはよかった。俺は優しいキャメロンの太陽が懐かしいよ。マラガの強烈さに干からびそうだ。」
 彼女は笑った。彼がもう逃げられないだろうと安堵し、勝ち誇っている様子だった。

 島々の間を船はゆっくりと進んだ。島が迫るたびに、舵を切るように指示する大声が聞こえた。船が軋み音を立てて、旋回する。帆の向きを変えると、ばさりと風を孕む音がした。
 それらの船の様子はリオネルを興奮させたが、マラガに着くことを思うと気持ちが萎えた。

 港にはオクタヴィアの父親が迎えに来ていた。豪勢な支度をし、沢山の騎士を連れている。
 彼はオクタヴィアに駆け寄り、抱き締めて涙ぐんだ。
「ずいぶん待ったのだ。心配した。航海に何かあったのではないかとね。」
 そして、リオネルに目を移すと
「この方が、姫が焦がれたレニエの殿かね?」
と言って、笑いかけた。
 リオネルは黙って、彼を眺めた。
 挨拶すらしないのに、父娘は苦笑した。
「お父さま、ごめんなさい。言葉を発するのも億劫なくらいにお疲れなのよ。こちらが、リオネル・ドナシアン・カスティル=レニエさま。わたくしの“夫”。」
「まあ……大声でお名前を呼ばぬ方がよいな。キャメロンから亡命してきた高貴なお方としか知られてはならん。」
 父娘は笑い合った。リオネルは鼻を鳴らし
「初めてお目にかかりました。王弟さま。」
とお辞儀した。
「ようこそ。そなたが来てくれて嬉しいよ。これで、私にも運が向いてきた。」
「どのような運ですか?」
 父王子は含み笑いをしただけで答えなかった。そして、オクタヴィアに目配せし、父娘でにっと笑い合った。

 三日、港で休んだ後、リオネルとオクタヴィアは出立した。王子も一緒だった。
 リオネルが訝しげな目を向けると、王子は
「義理の息子とは、親しくしたいからな。」
と言った。
 走り出した馬車の中は沈黙ばかりだった。外が荒野になると、王子がやっと口を開いた。
「マラガには来たことがあったな。だが、ゆっくり見て回ることはなかったのだろう? オクタヴィアの城まで、じっくりマラガを見るといい。語り合うのは、城に着いてからにしよう。」
 その後は、当たり障りのない話をするに留まった。



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