14.

 数日後、いつものようにリオネルとタイランは城を出た。作業場が見えてくると、リオネルはタイランに目配せした。
 タイランは黙って頷いた。今までの経緯を認め、印章が押されたリオネルの書状を懐にしている。
 二人は立ち止まった。
(タイランは本当に王の許に行ってくれるのか……?)
 リオネルは微かな疑いが晴れなかった。
 それはタイランも同じで
(畏れながらと王に訴えて……弟君の不忠をお信じになるのだろうか? かえって、俺の身が危ういのではないか?)
と不安を抱えていた。

 すると、背後から馬車がやってきた。側で止まると、窓からオクタヴィアが顔を出した。
 二人に緊張が走った。
「驚いた? 一度、殿さまの働くのを見たいと思っていたの。」
 断ることも、何か言って帰すこともできない。二人は、今日の決行を諦めた。
 作業場に馬車が付けられた。オクタヴィアは降りることはなく、中から眺めていた。貧民は怪訝な目を向けたが、何か言われるわけではないとわかると、いつもと同じように作業を続けた。
 エレナは、オクタヴィアの来たことに驚いた。怒りと怯えがあった。彼女は今日の決行はないのだと悟り、出来るだけ、オクタヴィアの視界に入らないように努めた。
 休憩の時間になると、オクタヴィアはリオネルに
「まことに楽しそうに働かれるのね。こんな所……と思いましたが、あなたのお気持ちがわかったわ。」
と言って微笑んだ。
 そして、城へ戻って行った。
 リオネルもタイランもため息をついた。見やると、エレナもほっと息をついていた。

 作業が終わり、リオネルとタイランは城へ戻った。
 自室に落ち着くと、ほどなく料理人の頭が訪ねてきた。夕食の献立を変更したいとの話だった。
「それは奥方の采配を仰ぐことではないか。どうして、俺に?」
 料理人は申し訳なさそうに
「奥方さまは、先ほどお出かけになりまして……」
と答えた。
 リオネルは驚いた。タイランが
「やがて陽が落ちるぞ? いずこへお出かけか仰ったか?」
と尋ねた。
「さて……」
 タイランは部屋を出て行った。確かめるつもりなのだろう。
 料理人は気まずい顔で
「ご存知なかったのですか? 私どもも、さっきまで知らなかったのですがね……」
と言い訳し、出て行った。
 しばらくして、タイランが慌てて走り込んできた。
「侍女どもも、騎士どもも知らんと……。厩は、お独りで駆け去られたと申して……」
 タイランは不安そうにリオネルを見つめた。
「露見したのでは……?」
 リオネルはゆっくり目を閉じて考え込んだ。
 露見したところで、タイランを捕えればいいだけの話だ。独りで、支度もなく何処へ出かけたのか。そもそも、突然出かけたのは何故なのか。
 ひとつひとつ考えたが、今日作業場へ現れたこと以外に、何も変わったことはない。
 ふと、オクタヴィアの言葉が蘇った。
“あなたのお気持ちがわかったわ。”
 不安感が湧きあがって来た。
 タイランが感じている不安とは、別な不安だった。
「タイラン、出かけるぞ。」
「は。いずこへ?」
「作業場だよ。」
「作業は終わっています。誰もいませんよ。」
 タイランは当たり前の指摘をした。リオネルは、そんなことも気づいていなかった自分に苦笑した。気を落ち着け
「作業に来ている貧民の塒へ行く。」
と応えた。
 タイランは何も言わずに従った。



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