6.

 ぽつぽつ降り始めた雨は、リオネルがクルジェの領を出る頃には、本降りになっていた。雷が鳴り始めた。
 宿の主人が
「これは一雨来ますよ。道がぬかるんで、騎行には苦労するでしょう。旦那がお急ぎでなければ、今日もお泊りをお勧めします。」
と心配そうな顔を向けた。
 リオネルが滞在している三日の間、雨は降り続けた。
 雨が止んで、道の状態が良くなるまで、更に三日滞在を余儀なくされた。
 ようやく帰途に着けるという朝、宿の玄関口で、主人と村人が大声を挙げているのが聞こえた。興奮している。
 リオネルは二階の廊下から階下をうかがった。

「クルジェは山に呑まれたそうだよ!」
「何だって! 人死にが大勢出ただろうねぇ……。」
「そりゃそうだよ。夜中だったからねぇ……。」
 リオネルは驚き、階下に下りて、詳しい話を聞いた。
「館は無事だと申したが、クルジェの主一家は無事なのか?」
 できる限り気を落ち着け、興味本位で聞いているような口調に努めた。
 村人は興奮気味に続けた。
「騎士さまのご家族はご無事でしょうよ。ぼろい館だが、頑丈なんですよ! 館はびくともしていない。ただ……山側の堀は、埋まったって聞いたね」
 ホッとして、その先を促すと
「村はダメだね。家は人の背くらいまで、山から流されてきたもんで、埋もれたんですよ。畑もほとんど埋もれてさ。クルジェは今年の収穫は無しだ。クルジェそのものがオシャカかもしれないよ。」
と言って、眉根を寄せた。
 主も頷いた。
「そうだなあ……。もともと貧乏なんだ。生き残った奴らを養えるのも、しばらくだけだよ。可哀想に。クルジェの騎士さまは、借財しなくちゃならない。」
「どれだけ貸してもらえるか……貧乏騎士が返せる分なんて、知れているよ。返せねぇものを貸す者なんかいねぇだろ。村を作り直すなんて、夢のまた夢さ!」
「そうか……」
 リオネルは暗澹たる気持ちになった。村人は農奴に身を落とすしかない。クルジェの騎士は、仕えている伯爵から借金ができても、爪に火を灯すような生活を数世代にわたってしなくてはならないだろう。
「神さまはひでぇことをするよね。」
 村人がため息交じりに、リオネルに同意を求めた。
 “神”と聞いて、彼は黒い塔の鬼神のことを思い出した。
 残酷なことだが、鬼神は人の命など省みない独自の法で動くなら、これは鬼神の裔の自分の為に仕組んだことだと思えた。
 リオネルは、死んだ村人の為に悔やみの祈りを呟き、心中で鬼神に感謝の言葉を述べた。

 リオネルはレニエの館に着くと、執事に
「屈強な男たちを集めよ。できるだけ多くな。」
と命じた。
「何をなさる?」
 それには答えず、更に
「女も要るな。治療の心得のある女も要る。そういう女も呼ぶのだ。」
と命じた。
「はい……。重ねてお尋ねいたしますが、何の為に?」
「クルジェだよ。埋もれたクルジェをたてなおす。」
 執事は驚いた。何の縁もない土地を助ける謂れなどないのだ。
「クルジェがどうなろうと、リオネルさまには関わりがないではありませんか? クルジェの騎士が仕える伯がなさることですよ。」
「これは鬼神の思し召しなのだ。」
 リオネルはにっと笑った。
 執事は謎めいたことを言うと思ったが、命令通りのことを計らった。
 ほどなく集められた人々と相談し、必要以上の資材を整えると、リオネルは早々にクルジェに送り出した。



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