4.

 リオネルが成人するころになっても、内乱は続いていた。
 群雄割拠する段階は終わり、王の側と或る大領主の側の二つに派閥が分かれていた。
 彼の父にも、参戦の要請がなされた。レニエの周りの諸侯はほとんど、国王に敵対する陣営についていた。
 どちらの陣営にするのか悩んだ末、伯爵は王の側についた。
「父上、周りは敵陣ですよ? 」
 リオネルが言うと、伯爵は
「そうだな。だが、国王が負ければ、諸侯の間で新しい諍いが起こるだろう。王位をめぐって、な。それに乗じて、東の隣国・ラドセイスの大公が攻めてくるやもしれん。隣国の侵入は、絶対に許してはならんのだ。」
と答えた。
 父の言う通り、隣国の草原の民からなる軍勢は全て騎兵である。神速の進撃と命を惜しまない戦いぶりは厄介だ。
「さようですか。」
 リオネルは興味なさげに応えたが、父の留守を取り仕切ることに、身を引き締めた。
 すぐさま扈従の騎士が召集された。リオネルは父の出陣を見送ったが、背中に滲む老いに胸騒ぎを感じた。

 数か月の後、内乱は王の勝利をもって終息した。
 レニエの土地はその間、何度か襲撃を受けたが、大事にはならずに保持された。父の軍勢は目覚ましい働きを見せ、貢献したという。王の覚えもめでたいのだと聞かされた。
 後は父の帰還を待つばかりである。
 ところが、父は生きて帰ってこなかった。戦闘が終わり、和平が結ばれた後に頓死したということだった。
 遺骸を伴い帰ってきた騎士たちは
「心の臓が弾けたということです。お歳でしたから、無理もないことだと存じます。」
と沈痛な面持ちだった。
 棺に納められた遺骸は見ない方がいいと言われた。腐敗が始まっているからだ。なるほど、固く閉じられた棺から異臭が漂った。
 リオネルは不審な思いが抑えきれず、祭壇に安置された棺をこっそりと一人で開けた。
 強烈な異臭と共に現れた父の身体を、気を落ち着けて確かめた。いくつかの新しい刀傷は、今回の戦闘で負ったのだろう。
「勇敢に闘ったか……」
 呟くと、父を悼む気持ちが押し寄せた。一粒涙を落とし、帷子をそっとめくってみた。
 すると、腰の辺りに極々小さな刺し傷があった。周りの皮膚が気味の悪い緑色に染まっていた。
 リオネルはしばらく考え込み、棺を元通りに整えると、礼拝堂を後にした。

 (あれは毒ではないのか? 戦闘で、毒の塗られた武器で傷つけられたのか……?)
 戦闘中ならば、即効性のある毒を用い、その場で死んでいるはずだ。また、ごく細い針で刺した痕のようだった。戦闘で受けたとは思えなかった。
 ならば、和平の後に、国王側か、諸侯側かに暗殺されたのだろうかと思った。
(どちらなのか……? どちらにしろ、敵がいるということだ。それも、殺したいと思うほどのね……)



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