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左利きのアナトゥール


 北端の深い森林に始まった大地は、やがて広大な草原地帯へ、そしてその南は岩砂漠へとつながる。
 その平原に騎馬に長じ、家畜を追って暮らし、時には定住者の村を襲う剽悍な部族があった。部族はもっと東方の、ヘレネスの謂うバルバロイの土地にあったが、ある時家畜も家族も一切合財を携えて、この西の土地に大移動したのだった。敵対した部族に追われたか、土地の恵みに見放されたか、今となっては知るすべもない。

 大移動の途中に、部族の長の優れた二人の息子のどちらを後継者にするのかということで、争いが起こった。
 兄は公平にして温厚、賢いが才をひけらかす質ではなく、人望があった。
 弟は剛毅果断な戦士で、激しい気性の持ち主だった。
 兄弟は歳も近く、共にお互いの性質の違いを尊重してきた仲の良い兄弟だった。
 自らの意思に反して兄と弟はへだたったが、長老や諸氏族の長により、兄が後継者に推された。
 弟を押した者達は弟に、兄と争って部族の長になるように唆した。
 元来兄に対して尊敬と愛慕の気持ちが強かった弟は、彼らの進言を聞き入れることはできなかった。かといって、彼らに意を曲げて兄に従い仕えよと命じるのも、ここに至っては不可能だった。

 兄と弟は二人きりで話し合いを持った。腹蔵なく話し合い二人は、へだっていた間の互いの誤解を知ってわび合い許しあった。しかし弟の後ろ盾となった有力者のことを思えば、全ての恩讐を超えるのは大きな犠牲を払った後になるのは、 わかっていた。

 部族は二つに分かれた。
 多くの長老の支持を受けた兄の方に大方の氏族が従い、正統とみなされたのは当然のこと、弟の方にも少ないが有力な氏族がいくつか従った。
 兄方はそのまま南西に異動し、その地で歩を止めた。
 弟方は他方と袂を分かつように、北方へと進路を曲げた。

 兄方は先住者と戦い、或いは協定し同化して勢力を伸ばし、比較的温暖で乾燥した南の草原で、従来通り馬や羊を追う生活を続けた。彼らは従来通りラザック族と呼ばれた。
 弟方は北の森林地帯付近まで北上し、その土地に合った長毛長角の山羊を飼うようになった。北の生活は厳しく、しばしば食い詰めたが、生来の騎馬戦士である。食に事欠けば皆武装して、近隣の村落を襲撃するのだ。やがて彼らは、北の古い王国の都市をも脅かすようになる。小ラザック族、北のラザック族と呼ばれていた 彼らは、半ば侮蔑的に、飼っていた山羊にちなんで、ロングホーン族、長い角の一族と呼ばれることとなる。

 何度となく、ロングホーン族は古い王国と戦い多くを得て、また多くを失った。
 古い王国も同じだった。双方とも疲弊し、最後の戦いで 大族長 ( シーク )の身柄を拘束されたのを機に、王朝と契約を結び、ロングホーン族は定住して、武をもって王家に仕えることになった。
 その後何世代にもわたって臣従するうちに、ロングホーン族は王国の貴族階級の仲間入りをした。



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