1.

 かつて、ノルマンディーの公に仕える優れた騎士があった。名をエティエンヌと称した。
 彼には、美しく賢く信仰深い妻があった。二人は仲睦まじく、誠実に愛し合っていた。

 公は、誇り高く勇敢なこの騎士をことのほか愛し、側近くおいた。
 彼も公の愛顧に応え、忠実に仕え、数々の武勲をたてた。
 やがて、公がその国土を旅する時は、彼に城を任せるほどの厚遇を受けるようになった。
 彼は留守中の城をうまく采配し、ますます公は彼を重用した。
 国のどこでも彼を歓待しない街はなく、公の狩場で自由に狩りを楽しむことさえ許された。
 彼が豊かになり、さまざまな利益を得るようになると、その幸運を羨望する者が現れた。
 いつの世にもあるように、佞臣が公に彼の高慢さを告げ、いかに彼が不正な利益を得ているのかと讒言するに及んだ。
 公は数々の頻繁な訴えを聞かされるうちに、忠心を疑うようになった。
 次第に公とエティエンヌの仲は気まずくなった。

 ある日、とうとう公の悋気をかい、彼は弁明することも許されず、暇を言い渡された。
 彼は公に釈明の機会を求めた。
「公よ、私はこれまで、あなたに心からの忠誠を尽くしたではありませんか?
 悪心を持つ者の中傷などお信じになりませんように。
 どうか、私の申すのをお聞きください。」
 公は彼の嘆願に耳を傾けることはなかった。
 彼は国を離れる決心をした。

 エティエンヌは、しかしながら、領地を放っては出られない。妻を残して、管理を頼むことにした。
「ブランシュ、私は公に忠実に仕え、この国の名誉のために多くの戦いに出、武勲を高めた。それら全てを公に差し出して仕えた。今まで、公は私を大切にしてくださった。
 しかし、公の心は私から離れてしまった。不興をかうことなど一切ないというのに…。
 讒言をお信じになるとは、甚だ嘆かわしいことだが、こうなったからには致し方ない。
 私はいっそ、国をしばらく離れてブリテン島に渡ろうと思う。そこで武勲をたて、名誉を高くすれば、公の耳にもその評判が入ることだろう。
 公が私を惜しんで、ノルマンディーの地に呼び戻してくれることを信じて、私は彼の地で努めようと思う。
 そなたはこの地にあって、私たちの領が荒れぬように、目配りしておくれ。」
 
 エティエンヌがいよいよ海を渡る旅に出立する時、ブランシュはたいへんな哀しみを見せた。
「私はそなたに誠実でいると約束しよう。決して、裏切りはせぬゆえ安堵いたせ。」
 そう言って、彼は友人たちに妻への助力を頼んで、幾人かの扈従の騎士を連れて旅立った。



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