24.

 二人の娘の結婚式は、ジェールの城で行われた。
 アデレードは、自分が立派な結婚式が出来なかった分、盛大に行いたがったが、二組ともに笑って断られた。
 本当に祝ってくれる者だけで行いたいということだった。
 家族と、少しの友人だけのささやかな結婚式になった。

 アデレードはすすり泣き
「ナズィーラが都の貴族の奥方になるとは思わなかった。ファラーラが草原の戦士の妻になるとも思わなかった……。本当に相応しい身の上なのかしら?」
とトゥーリに尋ねた。
「また泣く……。嬉しいんだろ? 愛情のある結婚をしてほしいと願っていたじゃないか。」
 ナズィーラは
「母さま、それらしい身の上ではないところで、頑張ることこそ価値があるのよ。きっとね。私はちゃんとジェールの奥方として、ヘクトールを援ける。心配しないで。」
と言った。
 ファラーラは
「私は草原から出たくなかったし、都のなよなよした男は嫌い。……ああ、ヘクトールはそんなんじゃないわ。ラザックシュタールの側で、いつでも母さまに会いに行けるのだから、泣かないで。」
と言って、母を抱き締めた。
「それより、父さまよ!」
 二人の娘は、図らずも声を揃えた。
「アナトゥールが何?」
 アデレードは、離れたところに立っているトゥーリを眺めた。
 娘たちも眉をひそめて、父を眺めていた。
 遠目にも苛々としていた。
 ファラーラが
「父さまは、私のところへ嫌がらせに来ると言った。」
とため息交じりに言った。
 ナズィーラは頷き
「私のところにも来かねないよ。母さま、父さまを引き留めておいて。」
と哀願した。
「そんなこと……しないわよ。ああして不機嫌そうにしているのは、あなたたちの旦那さまを牽制しているだけ。決まっているんだから! 昔から、負けず嫌いなの。」
 アデレードは鼻で笑ったが、娘たちは不安そうだった。その様子を見て、彼女はトゥーリを呼んだ。
「ねぇ、アナトゥール。あんた、新しい意地悪の標的ができたと思っているでしょ?」
「標的?」
 トゥーリはじろりとアデレードを睨んだ。
「娘たちの夫たちよ。」
「お生憎さま! あんな若造ごとき、嫌味のひとつ言っても手ごたえすらない。“はあ、至らぬ限りです。申し訳ございません”とでも言うのが、関の山だろうよ。面白くないことはしない。」
「じゃあ、どうするの? あんたの強すぎる愛憎の念はどこへ向かうのかしら?」
「俺はそんな見苦しい男ではない。」
「緑色の瞳の者は、愛憎の念が強すぎるほど強いって、誰かが教えてくれたわ。この二十年余りのあんたとの生活で、それが本当だと嫌と言うほどわかった。」
 トゥーリは黙り込んだ。娘たちは、父が何を言うのか、はらはらとしながら待った。
 父は娘たち一人ひとりにゆっくりと視線を向け、アデレードに
「だったら、愛憎の愛の部分は、今後全部お前に向く。憎の部分は……そうだな……アマラードやヘクトールでは物足りないから、仕方ないな。ばばあに向けるしかない。まだぴんぴんしてやがるから、充分俺と戦えるだろうよ。」
と言い、ぷいっと立ち去った。
 三人の女たちは苦笑した。
「ああ言うけれど、憎の部分はすっかり無くなったのよ。」

 仲睦まじく寄り添う二組の夫婦を見つめ、トゥーリはアデレードに
「お前……幸せだったか?」
と尋ねた。
「ええ。あんたと同じくらいにね。」
「そう。これからも幸せかな?」
「そうでしょうよ。不幸があるとしたら、あんたが私より先に死ぬことくらいよ。」
「じゃあ、一秒でもお前より長生きするよ。」
 彼女は微笑んで
「そうしたら、あんたが不幸を味わうじゃない?」
と尋ねた。
「お前と初めて会ったとき……よちよち歩きのお前が、あの庭で泣いている俺に笑いかけたときから、お前が好きだった。お前が最後に目を閉じるときまで愛している。一秒だけの不幸なら、ちょうどいいスパイスだろうよ。あの世で、一秒の不幸をお前に託つから。ねちねちとね。」
「死んでも意地悪なのね。」
「ああ。お前に意地悪するのが一番悦楽を感じるからな。」
 彼一流の愛の言葉だった。

 命は天からの預かりもの。
 泣きながら、この世に生まれた。
 精一杯に愛し、喜び、楽しみ、怒り、泣きしてこそ、いつか微笑みながら、天に返すことができるのだ。



                                   おしまい
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