ブルゴーニュのディジョンの街に、ある姫君が暮らしていた。
 美貌であり、雅やかな教養を持ち、立居振舞も大層優れた姫君であった。
 その地方にある騎士たちのうち、いささかなりとも勲を誇る者は彼女に恋をし、言い寄った。
 彼女は、もちろん皆に報いることはできない。かといって、誰一人も恋によって悶え苦しむことも望まなかった。
 昼夜となく、多くの騎士が彼女を口説いたが、彼女は邪険にあしらうことはなく、出来る限りの真心をもって彼らに接した。
 彼らの名誉を傷つけることなく、愛しげに扱い、心をこめてもてなした。
 そうすればするほど、彼女の評判はいやおうなしに上がり、その美貌と人柄を愛慕する騎士はますます増えた。

 ブルゴーニュに、そのころ四人の領主があった。
 歳は若かったが、見目麗しく、勇敢な騎士であり、教養高く、物惜しみをしない気前のよい男たちであった。
 侯は彼らをたいそう愛し、多くの名誉を与えた。
 その四人がそろって姫君に恋をした。誰もがうまくことを運ぼうと努力のかぎりをつくした。
 恋を願い、姫君に尽くし、労を厭うことがなかった。
 誰もが、他の三人よりも恋の勝利者になるものと確信していた。

 姫君はたいそう思慮深い人柄であったので、彼らの誰が一番恋人にふさわしいのかをじっくり見極めようとした。
 しかし、四人が四人、誰もが優れた男たちであり、誰と決めかねた。
 四人が諍いを持たぬように、姫君は心を砕いた。
 それぞれを同じように愛しげに扱った。
 誰かひとりを選び、他の三人を失うことを惜しむ気持ちもあった。

 四人の騎士はお互いのことを知っていたが、誰もが恋を諦める気にはならなかった。
 心を込めて懇願を続ければ、必ずや自分に恋の勝利が訪れるものだと思っていた。
 騎士たちが集まる模擬戦闘の試合があれば、皆姫君の称賛を得ようと、勇ましくも立派な働きを見せようと努めた。
 姫君を意中の婦人と成し、袖や指環、手巾を請い、それを鎧や槍につけて、彼女に愛慕のこもった挨拶をして戦った。
 姫君は四人ともに恋をして、側近く恋を語った。

 ある年、ディジョンの城壁の外で、侯が大きな模擬戦闘を催すとふれた。
 評判の高い四人とまみえようと、他所の国からもたくさんの騎士が集まった。
 彼らはディジョンの街に逗留した。
 試合の始まる前日から、騎士たちは激しい手合せを始めた。
 四人の騎士もまた、鎧に身を固め、城門から馬を出した。
 楯や旗を見て、騎士たちは評判の四人をみとめ、手合せに勇んだ。
 四人の若い騎士は尻込みすることは、もちろんない。
 それぞれに相手を見定めると、槍を低く構え、拍車を入れた。相手の騎士が落馬しても、敵の軍馬など目もくれず、戦闘を続けた。
 敵の従騎士は慌てて主人を助け、乱戦になった。
 四人の騎士の勇敢な振舞を、姫君は城壁の上から眺めた。が、誰が一番とはやはり決めかねた。

 いよいよ試合が始まり、城壁の外では大きな二つの陣営が、入り乱れてぶつかった。
 四人の騎士の働きはめざましく見事なもので、多くの武勲を得た。それでも姫君の愛を勝ち取るには不足とばかりに、皆が陣営に帰るころになっても戦い続け た。
 その想いは無残な形で成った。
 三人が馬から突き落とされ、命を失った。
 残りの一人は大けがをした。
 意図せず死と傷を負わせた者は楯も槍も剣も打ち捨てて、彼らのために嘆いた。

 四人はそれぞれの楯に乗せられて、ディジョンの街に運び込まれた。人々は皆嘆き哀しんだ。
 そして、彼らの恋した姫君の前に、彼らを運んだ。
 姫君は四人の騎士の悲運を見聞きして、地面に倒れた。
 かろうじて正気を取り戻すと
「ああ、私はもう二度と喜びを感じることはないでしょう。
 この四人の方がたそれぞれを恋しましたのは、どの方をとっても優れた騎士であり、私を恋してくださったからです。
 どの方も、勇敢で心ばえのよい方でありました。どの方と私は選べなかったのです。
 こうなってしまったからには、もう何を言おうと空々しい。
 亡くなった方たちは丁重に葬り、生き残った方には、許されるならば、私が心を込めてお世話申しましょう。」
 亡くなった三人は清められ、立派で華やかな装いを整えられた。姫君はとある由緒正しい修道院に多くの寄進をして、彼らを葬った。
 生き残った一人には、腕のよい医師を何人も遣わし、姫君自身も枕辺に付き添って、彼を励ました。
 その甲斐あって、一人の騎士は健康を取り戻した。

 ある夜、姫君と騎士は語らっていた。
 姫君の心に急に、三人の哀しい死の思い出が浮かんだ。俯いて、物思いに沈む姫君に気づいた騎士が、優しく問うた。
「物思いされているようですが、いかがなさいましたか?
 哀しみに囚われるのはよくないことです。お話いただければ、私が十分にお慰めできると思います。」
 姫君は涙を流し答えた。
「あなたの亡くなった三人のお友達のことを考えておりました。
 古から今まで、今から先、どんなに美しく賢く気高い婦人であろうと、私のような哀しみを味わう方など現れないでしょう。
 一日のうちに、恋した三人を奪われ、一人は死の淵を覗き込む苦しみを得たのです。
 私はあなたたち四人を恋しましたが、それゆえに過ちを犯しました。私が誰と決められなかったからです。
 愚かな私と、この哀しい出来事を忘れることはできません。」
 これを聞いた騎士はすぐに答えを返した。
「命を失った三人は、この世にある間、あなたを恋したがゆえに、恋の苦しみを嘗めつくしました。
 しかし、生き残った私とてどうでしょう? 
 生き残ったがゆえに、惨めで哀しいのです。
 この世で最も愛しく恋しいあなたが、毎日訪ねてくださって、親しくお話ししてくださるというのに、抱擁することも口づけすることも叶いません。お話する だけが楽しみです。
 こんな苦しみを味わい続けるくらいなら、死んだ方がましかもしれません。
 四人が四人ともに不幸だと言えましょう。
 さて、この度のことをこのまま哀しい出来事で済ませるのか、そうしないのか…
 四人を四人がとも不幸で終わらせるのか…
 それは全てあなた次第です。
 どんなに愚かな者であっても、自らが行く末を選び取るものです。
 そうして、誰かを愚かかそうではないか、決めるのはその当人ではありません。」
 姫君はすすり泣き、答えた。
「仰せの通りですね。」


                    おしまい



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