二人の若い騎士があった。

 共に心映えの優れた者で、領地も隣にあり、親しく交流していた。

 一方の騎士の奥方が双子を産んだ。騎士はたいそう喜び、隣に住む騎士に使いを送り、喜びを共にしようと思った。

 隣の騎士はもちろん我がことのように喜んで、その奥方にも知らせを伝えた。

 この隣の騎士の奥方は、その知らせを聞いて、羨望の気持ちが抑えきれなかった。未だ子がなかったからである。

「一度のお産で二人の子を得るなど、二人の男と交わりをせねば、そんなことは起こらないでしょう。触れ回るなど、隣の夫妻は自ら恥を広めているようなものです。」

 騎士は奥方を窘めたが、その言葉はすぐに城の皆に広まり、やがて隣の騎士の耳にも入った。

 皆、この発言の奥方を嫌い、特に、女は貧富の差を問わず憎しみを持った。

 しかし、父となった騎士はその言葉が心に残り、やがて母となった奥方に疑念を抱くようになった。貞淑な奥方を責め、自らも苦悩を抱えることになった。

 いわれもないことであったのに、夫妻は心が離れ、また隣同士の騎士たちも仲たがいをすることとなった。

 

 その翌年、悪口を言った奥方が出産した。神の罰であるかのように、双子の女の子を産んだ。

 奥方は畏れ慄き、今度はかつての自分の発言が己の身にふりかかるのだと嘆いた。

「ひとを中傷し、嘘を言った報いが下った。自分の言葉が我が身を災いするとは。

 もはや私の名誉も地に落ちることでしょう。

 殿も私をお許しにはならないでしょう。

 この災いを逃れるには、双子の一人を殺さねばならない。

 この世で恥辱にまみれるよりは、死んだ後に神の裁きを受ける方がいい。」

 この奥方に仕える侍女の一人に、名家の出で賢い娘がいた。

 娘は奥方をおしとどめて言った。

「奥方さま、それはいけません。罪の上に罪を重ねるなど、おそろしいことはしてはいけません。

 私にどうぞ、おひとりをお授けください。私が修道院に捨てて参りましょう。

 そうすれば、奥方さまの名誉は損なわれないばかりか、その子を目にすることもありません。

 神のご加護があれば、その子は奇特な誰かに拾われ、慈しまれるでしょう。

 奥方さまも心安らかにお暮しいただけます。」

 

 奥方は娘に赤子を託すことにした。

 せめてもの償いに、貴い家門の赤子に相応しく、上等な亜麻布につつみ、かつて騎士が東方から持ち帰った綾絹で包んだ。

 奥方は組みひもに純金の指環を通して、赤子の腕に括り付けた。

 

 娘は赤子を抱えて、とある立派な尼僧院にたどり着いた。

 壮麗な塔と礼拝堂を見、見事に整えられた荘園を見るにつけ、ここが相応しいであろうと思われた。

「神さま、その御名にかけて。願わくば、この赤子にお恵みをお授けください。」

 娘は尼僧院の庭の、咲き誇るつつじの樹の下に赤子を置いて立ち去った。

 

 やがて、この尼僧院に仕える騾馬引きがこの赤子を見つけて、家に連れ帰った。彼には乳飲み子を抱えて寡婦になった娘がいた。

この赤子に乳を含ませると、包んであった布と括り付けられた指環を見て、きっと高貴な家の事情のある捨て子だろうと確信して、主の尼僧院長の許に連れて行った。

騾馬引きは尼僧院長に事の次第を告げた。彼女も赤子の高い家柄を確かに思い、自分の許で、自分の姪として育てさせることにした。

翌日には尼僧院長の手で洗礼が施され、つつじの樹の下で見出されたから“アザレア”という名前が授けられた。

 

 尼僧院長はアザレアを大切に育て、立派な教養を授けた。

 雅やかで慎ましい、美しい娘に成長した。言葉にも振舞にも、心映えの高さと教養が感じられた。

 この娘を見る者は、誰もが感嘆し、彼女に恋心を抱いたことだろう。

 

 ポワトゥに、ある伯がいた。

 若くあったが、これほど素晴らしい領主は、かつてないだろうと言われていた。

 アザレアの噂を聞くと、彼は一度会ってみたいものだと思った。次々に耳に入る彼女の評判に、とうとう会わずにいられないと思うようになった。

 恋しさのあまり、くだんの尼僧院に出かけ、尼僧院長に懇願して、彼女に会った。

 そして、彼女が、噂以上に美しく、雅やかで、立派な教養を持っていることを知った。

 たちまちに恋した伯は、彼女の愛を得られなければ、こんな不幸はないだろうと思った。

 しかし、たびたび彼女に会いに訪れたならば、尼僧院長に咎められるだろう。

 彼は思い悩み、ひとつの手を思いついた。

 

 彼は財産をさき、領地をいくつか寄進し、尼僧院の繁栄に努めた。尼僧院の者たちとも友誼を結ぶことに努め、やがて滞在することを許されるようになった。

 もちろん神の救いを求めていただけではない。

 彼は足しげく尼僧院に通い、娘と語り合った。

 しきりと愛を告げ、さまざまな約束を重ねた結果、娘も彼を受け入れることにした。

 恋が叶うと確信した伯は、ある日、娘に説いて聞かせた。

「美しいアザレア、あなたは私を恋人とした。もはや、あなたと離ればなれの暮らしは耐えられぬ。私のところに来てほしい。

 あなたもお気づきかもしれないが、私たちのことを伯母上である尼僧院長がお知りになれば、さぞやご心痛になるであろう。

 もし、あなたが尼僧院にあって、身ごもることがあれば、ご立腹されることだろう。

 私のことを信じてくださるのならば、どうか一緒に来てほしい。決してあなたを見捨てたり、ぞんざいな扱いはいたさぬゆえ、心安く受け入れてほしい。

 あなたに相応しく華やかに、何の不自由もないお世話をしよう。」

 

 彼女は伯を深く愛していたので、彼の言葉と約束に従うことにした。

 修道院を去り、伯の居城に向かうのに、産着の綾絹と指環だけを携えた。

 伯は約束を違えず、アザレアを大切にし、深く愛した。

 彼の家臣も召使いも、彼女の気高さを知るにつけ、誰一人として彼女を慕わない者はなかった。

 

 二人は愛し愛され幸せに暮らしたが、伯から封土を得た騎士たちが、伯を詰るようになった。

「殿に相応しい高貴な家柄の奥方をお迎えし、素性の知れぬ女はお遠ざけください。

 御領をお継ぎになる嫡子を得られれば、一同それにまさる喜びはありません。

 卑しい側女に気遣いをして、そうなさらないのは災いというもの。

 一同の願いをお聞き届けにならないならば、あなたさまを主君と仰ぐことはできなくなりましょう。」

 最初こそ拒んだものの、扈従の騎士たちの詰問に耐えかねた。

「皆の考えに従い、妻を娶ることにしよう。誰か相応しき姫を探すがよい。」

 

 騎士のひとりが言った。

「この近くにあなたさまに肩を並べる領主があり、後継ぎの一人の姫がおありです。

 聞くところによると、麗しく、ありとあらゆる美徳を兼ね備えた、まことに雅やかな姫であるとか。

 その方を娶れば、広い領地も共に手に入り、殿はますます豊かになるでしょう。

 姫はミラベル殿と呼ばれております。

 実を結ばぬ つつじ ( アザレア ) などは捨て置いて、芳しく甘い すもも ( ミラベル ) をお取りください。

 この縁談をお勧めいたします。」

 そうして、皆はあれこれと努めて、この縁談をとりまとめてしまった。

 

 アザレアとミラベルが実の姉妹であることは、ただ神のみぞ知り、誰一人として知らなかった。

 

 アザレアは伯の婚儀の話を聞いても、怒ることもせず、嘆くこともせず、いつにも増して、皆に誠意をこめて対した。

 家臣も召使いも、縁談を勧めた扈従の騎士でさえ、彼女と別れることを哀しんだ。

 

 婚礼の日には、伯の友人知人が多数招かれた。トゥールから伯と親しくしている司教も招かれ、結婚の秘蹟を授けることになっていた。

 花嫁には母親が付き添っていた。彼女は、伯がたいそう愛しているという娘のことを怖れていた。

 娘が悪い企みをして、伯と姫の間を引き裂こうとしているかもしれない、と思っていた。

(卑しい娘など遠ざけてしまおう。伯を唆して、娘を誰かに嫁がせてしまえばいい。厄介払いができるというもの。)

 

 婚礼は滞りなく行われ、その宴も賑わしく派手やかに行われた。

 アザレアは何を見ても取り乱さず、腹を立てる素振りを見せることもなかった。

 そればかりか、新しい奥方の側に控え、あれこれと世話をした。差し出がましいこともなく、丁寧に細やかな気遣いを見せた。

 目にした男も女も驚いた。

 姫の母親ですら、アザレアの振舞を見るにつけ、感服し、好ましく思うほどであった。

(もし、この娘のことをよく知っていたならば、私の娘のために、恋人を失うなどという苦しみを与えずにいたものを…)

 

 アザレアは奥方の新床を整えるために、寝室へ向かった。

 伯がどのようにしてあれば満足するのかをよく知っている彼女は、召使いたちに整え方を教えた。

 仕事が終わって召使いたちが去った。

 改めて眺めると、寝台に掛けられた上掛けが古びていることに気づいた。

 これではいけないと気が咎め、彼女は自分の櫃から綾絹を取り出して、上掛けとした。

 司教が夫婦の新床に祝福を与えに来ても、これで伯の名誉は保たれるだろうと思った。

 

 やがて寝室に、新しく奥方になった姫が、母親に伴われて入って来た。

 母親は寝台に掛けられた布を見て驚いた。

 こんな立派な布は、今まで一度しか見たことがなかったからである。

 たちまちに捨てた赤子のことが思い出され、心が震えた。

 召使いを呼び

「この上掛けはどこから参ったのか?」

と尋ねた。

 召使いは

「これは、例のお嬢さまの持ち物でございます。最初に私たちが掛けた上掛けが、ご夫妻の寝台には相応しくないみすぼらしい品だと思召され、重ねられたのです。

 おそらくお嬢さまご自身の持ち物でございましょう。」

と答えた。

 

 花嫁の母はアザレアを呼んで、問いただした。

「この綾絹はどこで手に入れたのか?

 買ったのか?

 もらったのか?

 それは誰からなのか、隠さずに教えておくれ。」

 アザレアが答えた。

「はい。その布は、私を育ててくださった伯母の尼僧院長が、私に授けてくださったものです。

 私を養子に出された方々が、この布と指環を私に添えたのだそうです。

 大切にするようにと言われております。」

「指環も見せてくれるか?」

「ええ。喜んでお見せしましょう。」

 彼女は差し出された品をしげしげと眺め、この娘こそ自分のもう一人の娘であると確信した。

「あなたは私の娘です。」

 そう叫ぶと、感極まって卒倒しかけたが、辛うじて夫を呼ばせた。

 

 夫の騎士が現れると、奥方は身を投げ出して許しを乞うた。

「奥方、どうした?
 私たちの間に何の気遣いもいらぬから、何があなたを嘆かせているのか、お話なさい。必ず許す。」

 夫は慈悲深い言葉をかけて、妻を立たせた。

 奥方は話し始めた。

「お許しいただけるかどうか、私には思いも寄りませんが、お聞きください。

 昔、私は卑劣なことをいたしました。双子のお子さまを出産なされた隣の奥方さまの悪口を申しました。

 その報いが我が身に下ったのです。

 私は、双子の女の子を産み、その一人を尼僧院に捨てさせました。その時、あなたが東方より持ち帰った絹布と、あなたがくださった指環を持たせたのです。

 今日、私はその品々を見出しました。

 もう隠し立てできません。私たちのもう一人の娘を見つけたのです。ここで…。

 娘を娶った伯が、以前から愛おしんでおられたあの娘でございます。」

「それは驚いた。しかし、喜ばしいことだ。

 これ以上の罪を重ねる前にわかってよかったではないか。

 共に、神の恩寵に感謝しよう。」

 そう言って、夫は微笑んだ。

 

 娘たちが呼ばれ、伯が呼ばれ、司教が呼ばれた。

 父と母が事の次第を語ると、皆驚いた。そして、喜んだ。

 司教は、今夜はこのままにして、明朝この結婚を無効にしようと言った。

 翌日、伯とミラベルの結婚は取り消され、続いて伯とアザレアの結婚が成された。

 父も母も姉妹も、婚礼に参列し、誰もが祝福した。

 父は彼女に財産の半分を与えた。

 

 アザレアと家族との交流は親しく続いた。

 程なく、ミラベルも立派な嫁ぎ先を得た。

                            

                                                              おしまい



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